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2011.07.26 (Tue)

原発の実害

今回は原発についてのエントリーです。
原発に関してはヒステリックな情報も多いのでもう関わるのはやめようと思っていました。
しかし、なんと身の回りにまさにその被害を受けた方がいたのでこんなこともあるということを紹介したいと思います。


私の職場で最近辞める方がいます。
うちは入れ替わりが激しい方だと思うので辞めること事態はそんなに珍しくないのですが今日理由を聞いてビックリしました。
なんとその方の奥さんのお父さんからの命令らしいのです。
なんでもつくば(職場がつくばです)にいると放射能が危ないからとにかく避難しろと今年の3月から言い続けてたそうな。
なのでそのうち転職しますとお茶を濁していたのですが放射能レベルについて書いた手紙を送ってきたりしつこく電話したりと激しい攻撃が続き、ついには根負けして転職することになったそうです。
ほんとうに冗談みたいな話ですが現実として起きたことです。
どうやらかの有名なチェルノブイリのときに相当激しく運動をした方だそうで、今回もかなりヒステリックに対応している様子。
つくばの放射能レベルなんてまったく問題にならないのにその方にはそこに住むのは異常なことと感じるようです。
さらに信じられないのが転職先が海に近いので今度は「津波が来るぞ」と騒いでいるとか。


今回の原発問題だけでなく少し前に起きた食中毒の事件もそうですが「安心」と「安全」をごちゃまぜにしすぎですね。
恐らくそのお父さんにとっては放射能レベルがどれだけさがっても安心することはないのでしょう。
基準値を完全に下回るつくばですら騒いでいるわけですから「安全」を問題にしているのではないのは確かです。
そのお父さんの「安心」を守るために周囲のささやかな日々を奪っていることに気付くことはできないのでしょうか。
うちの職場としてのその方に辞められるのは相当痛手なのですが…こればかりはどうしようもありません。
まさか脱原発者の被害をこんな形で被るとは思いもしませんでした。


こういった話は周囲でまったく聞いたことがないので私にとってはネット上だけの出来事でした。
blogやtwitterなどでどうしようもないやりとりが続いているな、と傍観しているだけでした。
それが一気に現実味を帯びて日常にやってくるとこんなにくだらないことはないなと思ってしまいます。
原発の問題は危険とか危険じゃないとかではなく「日本のエネルギー源をどう選択していくか」という全体論で語らなければ意味がありません。
原発だけを取り上げて「危険・危険ではない」という発想では成り立たないのです。
なぜなら日常生活で接する多くのものはメリット・デメリットどちらも享受しながら利用しているものがほとんどだからです。
その全てに目を向けず自分が気になる対象にだけ目を向けるのはしょうがないことなのでしょうか。
少なくとも今回のケースでは「しょうがない」と言う気にはなれませんでした。
自分を安心させるためなら自分だけで行動することをお願いしたいと思います。
22:03  |  社会・政治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.06.26 (Sun)

かものはし総会2011

昨年、一昨年に続き今年もかものはし総会に参加してきました!


かものはし総会とは…
児童買春問題の解決のために創立されたNPO法人かものはしプロジェクトの年に1度の報告会のこと。株式会社で言うところの株主総会にあたります。かものはしプロジェクトでは会員・サポーターが株主のような存在であり寄付により資金を運用するためその成果を報告しています。
(ちなみに私がかものはしのサポーターをしている理由を手短に書くとカンボジアにいって大きな衝撃を受けてその衝撃を1度きりのものにしたくなかったからです。細かく書くとそれだけで1つの話題になるので省略します。)


今年の総会の感想を一言で言うならば…大満足!!!
実は昨年の総会は満足のいかない、というより本当にこのままサポーターを続けて大丈夫だろうかと思えるようなものでした。
かものはしプロジェクトはまだ歴史が浅いので(今年で9年目)試行錯誤を続けているためしょうがありませんが、根本的なところで軸がぶれているように感じてしまったためです。
しかし、今年の報告ではそんな懸念を全て洗い流すような素晴らしい報告でした。
というわけで今回報告を受けたことについてご紹介したいと思います。


まず今回の見所はカンボジアにあるコミュニティーファクトリー(CF)の大きな成長を感じました。
かものはしプロジェクトでは児童買春の原因を貧困にあると考え、さらに多くの場合夫は出稼ぎで消えてしまったりDVを受けたりする女性を助けることが鍵だと考えています。
そこで調査をして児童買春につながりそうなくらいの貧困層(最貧困層)の女性に狙いを定めて仕事を提供しようとCFを作り観光地として有名なカンボジアのお土産品を作るファクトリーを立ち上げました。
まずそのCFの売り上げが順調に伸びていることは素晴らしいことですが、さらに「組織」として成長していることを実感したのです。
なぜなら抱える問題が自分の職場のレベルと一緒で驚きました。
例えばモチベーションを保つためにいかに目標設定を決めてさらにそれをシステムとして動かすか、このような問題に取り組んでいます。
さらにその解決手法としてプロのボランティア(通称プロボノ)である戦略コンサルタントが関わり高いレベルでその問題解決に取り組んでいます。
ほんとうちの職場にも来て欲しいくらい(笑)


ちなみにこのコンサルタント集団が今回はかなり大きな力を発揮しているように感じました。
集団と書いたのはたぶん関わっているのは1人以上だからです。
今回はアイデアをまとめる作業に随所にコンサルが関わっていました。
なので研究職の私から見ても理路整然と問題に取り組んでいるように感じ、今回は本当に突っ込む隙はほとんどなく完全に私のレベルを遥か彼方に上回っていました。
1つ噛み合ってないように感じた箇所も質問をすると十分に納得できる返答をいただきとても嬉しく感じました。
このようなコンサルだけでなくこのプロボノは製品開発やデザインのプロなど様々な分野の方が携わっており非常に大きな存在となっています。
私の専門は残念ながら現時点では力を発揮できる分野がなさそうですがそういう機会があれば是非とも協力したいものです。


今回の大きな懸念は事前に報告を受けていたIT事業の縮小です。
このIT事業はかものはしプロジェクトの大きな特徴の1つで「自ら収益を上げるNPO」ということです。
CF事業で分かるとおり貧困層の女性を救うためにも単なる「寄付」ではなく自ら生きる力を伸ばすために「仕事」を提供し、カンボジア人自ら運営できることを目標にし、さらに読み書きの勉強の機会を与えるなど表面をさらったような援助のしかたをしません。
その哲学は運営そのものにも現れており寄付で全てをまかなうのではなくIT事業を立ち上げ日本サイドでも自ら資金を集めていました。
ですからそれが縮小されるというのはそういった精神がなくなってしまったのかと非常に心配だったのです。
しかし、それは大きな勘違いでIT事業は環境の悪化によりこのまま行うことが困難であるための縮小でそれに変わる事業もすでに幾つか提案されていました。
つまり「自活の精神」は未だにしっかりと引き継がれていたのです。
このことも本当に嬉しいことの1つでした。


そしてもっとも満足したことが「軸がぶれていない」こと。
かのもはしプロジェクトの設立意義は「児童買春問題の解決」です。
信じられない話ですが10代の女の子、いやそれ以下の子供たちがターゲットになり買春が行われています。
軸がぶれないというのはつまりかのもはしプロジェクトの行う様々な事業(CF事業・警察指導などなど)がすべて「児童買春問題の解決」に繋がるものであるという強い主張を感じたからです。
まさに「全ての道はローマに通ず」みたく「全ての道は児童買春問題解決へ通ず」です。
これは研究でも同じですがまず「ゴール」を明確に設定してそこからそのゴールへ向かうためにブレイクダウンして順々に行うことを細分化していきます。
コンサルでいう「イシューツリー」とか「ロジックツリー」というものでしょうか。
明確にゴールを意識してそれを解決するための強い思いと論理的な方法、「情熱と冷静」がはっきりと伝わりました。
上記してきたこともふくめて今回は過去最高の総会だったと思います。


というわけで今年度も継続して、いやできるならさらに上の段階で応援していきたいと思います!
10:39  |  社会・政治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.04.26 (Tue)

起業家を潰す国

今日は非常に腹が立っています。


イブドア粉飾決算事件 最高裁、堀江貴文被告の上告棄却 懲役2年6カ月の実刑確定へ


ライブドアの粉飾決算事件で、証券取引法違反の罪に問われた元社長の堀江貴文被告(38)について、最高裁判所は、上告を棄却する決定をした。実刑判決が確定することになる。
堀江被告は、ライブドアの2004年の連結決算で、53億円余りを粉飾するなどした証券取引法違反の罪に問われ、1審と2審で懲役2年6カ月の実刑判決を受け、最高裁に上告していた。
最高裁は、25日付で堀江被告の上告を棄却する決定をした。
懲役2年6カ月の実刑判決が確定することになり、堀江被告は、近く収監されることになる。



この事件はもう7年も前の事件になるんですね。
私が大学生の頃ですがその当時は私自身も非常に悪いイメージを堀江さんに対して持っていました。
しかし、大学院生時代に経済にも興味を持つようになり自分なりに色々と勉強してきました。
本やblogなどから経済やそこから社会というものを学び興味はさらに広がっていきました。
そうしてその事件からだいぶたった後に再び堀江さんの情報に出会いました。
その時点ではある程度の先入観は残っていたものの「自分で学ばないと真実は見えない」ことがよくわかっている頃だったので少し調べてみました。

するとどうでしょう、マスコミが報道していた事実と全然違うではないですか。

例えば刑の重さについては同じく粉飾事件の起こしたカネボウのケースだと2000億以上です。
しかし、このケースに関しては執行猶予付きの判決となっています。
そもそも会社のトップが会計の細かな部分まで見逃さずに日々の経営をこなすというのは非常に難しく本来なら修正申告で済んだという意見もあります。
つまり有名人叩きと言われても仕方ないような厳しさなのです。

また、マスコミが作り出した人物像としてもっとも大きなものが「金に汚い」というイメージではないでしょうか。
社会人になった今だからこそよく分かりますがそもそも金に綺麗も汚いもないでしょう。
一部の言葉だけを取り上げて勝手なイメージを作り上げるマスコミのやり方に自分もはまったかと思うと悔しいです。
ではどういう人物像なのかは是非blogやtwitterや本でも読んでください。
私が感じた人物像は「怖いくらい合理的な人」なので違った意味で嫌悪感を抱く人も多いと思います。
しかし、その合理性は起業家としては最高であり実際に起業した会社で社会にサービスと1000人以上の雇用を生み出したわけでこれは賞賛すべきことだと思います。
ただし、上記の通り合理性が行き過ぎているため経営者としては向いていないのではないかというのが素直な感想です。
9割以上の人間は感情で動くのでそれを考慮して行動しないと組織は動かないと思うのです。


さて、そんな真実がありつつも本日実刑判決が下されました。
思えばあの当時起こった事件を掘り返すと裁判官のいかにも世間知らずな発言が目立ちます。
そのなかでも最悪なのがこれ。


被告の『安ければ買うし、高ければ売る』という徹底した利益至上主義に慄然とする


これは村上ファンド事件の一審判決での発言です。
安いから買う・高いから売る、これを批判したら商売は何もできんだろ!
どんな商売も基本これが基本だし、こういう経済活動を経た税金を集めて自分達の給料が払われていることを忘れているんだろうか。
もしこれらを批判するなら一回会社でも経営してみればいいのに。


というわけで私は別に堀江さんのファンでもなんでもないんですが今日は非常に腹が立っています。
これらを許していると日本は「理由があいまいなまま犯罪者になる国」として世界に知らしめているようなものです。
外資参入の大きな壁は法人税の高さだけでなくこういうあいまいな線引きの国で経済活動をする難しさなんじゃないでしょうか。
これじゃ国の内からも外からも起業かが生まれないのに成長は止まったままで悪循環が続く一方です。


起業家を潰すような国にしたくないのでこの事件を過去のものにしてはいけません。
今のように弱ってる日本だからこそもう一度見つめ直す必要があると思います。
20:52  |  社会・政治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.04.03 (Sun)

リーダー不在の日本組織

今回の震災では日本の色々な問題点が浮かび上がってきました。
というより今までずっと問題視されていたけれどこれだけ大きく取り上げられなかっただけでしょうか。
このエントリーで取り上げるのは日本のリーダー像についてです。


菅首相、東電「指導力なし」 海外も酷評


「消えたミスター・テプコ」(イタリア紙)。共同通信によると、欧米メディアは、東電の清水正孝社長(66)が震災発生から2日後の13日夜に記者会見して以来、公の場に姿を見せていないことを「驚くべき不在」などと一様に酷評した。

外務省によると、これまでに134の国・地域と39の国際機関が支援の意思を表明したが、日本が受け入れた国・地域と機関は約30にとどまる。支援を断られた国からは「一括した受け入れ窓口がなく、情報が錯綜(さくそう)している」と日本の混乱ぶりに不満も出ている。




日本は兵隊は優秀だけど指揮官が無能であるという話をよく聞きます。
そのイメージが実際にどれほど当てはまるかはわかりませんが少なくとも今回槍玉に挙げられた政府と東電は当てはまりそうです。
地震や津波で失われた命は自然の驚異によって奪われたわけですが、その後の被害はまさにリーダー不在のための混乱が原因と思われてなりません。


私が興味があるのはこのような状態になってしまう原因です。
日本のサラリーマンの場合は全員入り口は同じで年齢とともに出世します。
この優秀な兵隊が無能な指揮官へと変化する理由がわからないと自分自身がそうなってしまう可能性があるためその原因を知りたいのです。
考えられる最も簡単で強力な理由は兵隊と指揮官では必要な能力がまったく異なるということでしょう。
スポーツの世界で優秀な選手が必ずしも優秀な監督になれるとは限らないのと同じです。
しかしこの程度のことなら誰でもわかるはずなのになぜ日本は繰り返すのでしょうか。
それはいざ自分が兵隊から指揮官になるとその理由を自分自身にあてはめないからではないでしょうか。

「結果を出した自分なら指揮官としても優秀になるはず。結果が出ないのは部下が無能だから」

そう考えてしまうのではないでしょうか。
だからせっかく優秀な資質を持っていても能力の発揮させ方を勘違いしているため無能な指揮官に成り下がってしまうのかもしれません。


しかし、現代ではこの「指揮官」としての能力はずいぶんと認識されてきたのではないでしょうか。
日本でも優秀な経営者が取り上げられます。
その代表例は日産を立て直したゴーン氏でしょうか。
他にもユニクロの柳井市、ソフトバンクの孫氏、楽天の三木谷氏などなど枚挙に暇がありません。
指揮官として優秀であることの重要さは高度経済成長期の何倍も実感できる時代です。
市場が月日とともにどんどん拡大した時代とはことなり単に良い物を作るだけではやっていけない時代において指揮官の重要性は何倍にも増しています。
そして今回の震災で危機に対してリーダーがいかに重要であるかも示されました。


ポスト3・11の日本を導く日本のリーダーは現れるのでしょうか。
日本という舞台は大きすぎますが私もいつか自身が活躍できる舞台でしっかりと方向性を示せるようなリーダーを目指したいと思います。
22:39  |  社会・政治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.04.03 (Sun)

定性的な日本社会

震災や原発に関する話題で1つ感じたことがあります。
それは「定量的」に話すことってやっぱり難しいんだなということです。

定量的の反対語になるのが定性的だと思いますがこの違いは簡単です。
例えば気温について言うとき。

定性的:暑い・寒い

定量的:35℃・-10℃

定性的はあくまで本人の感覚から導かれるものです。
気温が25℃が適温の人もいれば暑いと表現する人もいるでしょう。
しかし気温が25℃と表現したらそれは暑かろうと寒かろうと25℃であることは絶対に変わりません。


これが何の話に繋がるかとういと原発の安全性についてです。
最近主に技術系以外の仕事の人に「原発は大丈夫なの?」とよく聞かれます。
まぁ私も専門化ではありませんが自分なりに色々調べて現場は予断が許されない状況だけどすくなくとも東京にいる限り問題はないよと答えています。
しかし、これって答えになっていないんですよね。
「大丈夫かどうか?」は実は定量的な問題ではなく定性的な問題として捉えられていることがほとんどです。
つまり、聞いた本人が「安心できるかどうか」が重要なわけで具体的な何かを求められているわけではないと感じています。


例えば車に関して「車って大丈夫なの?」という質問はあまりでません。
車は毎年数千人の死亡者を出しているにも関わらずです。
*ちなみに今調べたら1万人くらいというイメージをもっていたんですがだいぶ減りましたね。H21は半分の5千人台です
もし車社会に対してなんの不安も感じていないなら原発に対しても絶対に不安は起こらないはずです。
定量的に見れば最悪の原発事故であるチェルノブイリですら直接的には4千人、因果関係がはっきり示せないが予想される長期的人数で数万人です。
日本の自殺者数は毎年3万人以上です。
つまり長期的に見ると一番人を殺しているのは「日本社会」ということになりますがマスメディアは原発事故を取り上げるようには自殺に対して取り上げてはくれません。
また私の周りにも「原発大丈夫?」と聞く人がいても「これだけ自殺者が出る日本大丈夫?」とは聞きません。


このような話題はネットの一部では確実に共有されている考え方です。
だけど全体としては全然広まっていかなくて、むしろそういう考え方を批判する人もいます。
原発に対して「死亡者が何人とかじゃなく危険なのが問題なんだ」って批判する人はもう何が危険なのか自分でもわかっていないのでしょう。
原発の技術がまだ不安定だと否定する人もいますが、では原発の技術が「絶対に事故を起こさない」レベルまで上がらなければダメなのでしょうか。
そう否定する人は「絶対に事故を起こさない車」が開発されるまで販売してはいけないと批判しているのと同じように感じます。
しかし「絶対に事故が起きない技術」なんて存在しません。
どこまでリスクを許容しながら技術を形にしていくかが問題なので少なくとも車だけを見ていると「年間5千~1万人の死亡者は許容範囲内」であるのが日本です。
*もちろんそれが社会に与えるメリットと換算してその数は変化するでしょうが。


定量的に扱うのは所謂理系職の専門分野ですがこの考え方は理系・文系問わず現代を生きる上で必須の能力だと思います。
私自身、原発に関してはリスクとメリットのバランスが正直まだ把握できていないので今後も正しい情報を集める努力を続けたいです。
11:32  |  社会・政治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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