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2012.02.07 (Tue)

開かれた社会・閉じた社会

この前こんな記事があってそれについて意見をやり取りする機会がありました。


マクドが関学生を出入り禁止? “大人”の過剰対応に疑問も


この記事に対して私は以下のようなコメントをしました。


関西大人間健康学部の竹内洋教授「大学の近くで営業する店は教育者のようなもの。目に余る学生はその場で注意し…」こんな発言する人が教授なのか…。立地によらずマックは教育機関ではない。


私としてはこんなコメントを大学教授がすることに驚きました。
大学で教える立場にある人が自分のことは棚にあげて「注意すべきだ」と言ってのける神経がわかりません。
「大学の近くで営業する店は教育者のようなもの」という理由に論理の欠片も感じません。
まったく最近は橋下市長にボコボコにされた山口教授といい大学教授の無知っぷりが世間に晒されています。
多くのまともな大学の先生にしたらいい迷惑でしょうね。

さて、議論を本題に移すとこの私のコメントに反論がありました。


こんなこと言うと時代錯誤も甚だしいようですが、本来なら その場にいる大人=教育者 になるはずなんですけどね。つまり同じ場所を共有する集団のなかでは、より大人な立場にある人がより子供な人の過ちを正せるのが、本来広義での教育の形のはずではないかということです。要するに肩書きで縦割りしてそれ以外のことは丸投げするのではなくて、同じ社会的で生活する以上は誰もが子供に対して(大学生を子供扱いにしなければならないのも皮肉ですが)教育者であるのが本来在るべき姿ではないかって。要は子供の悪戯に対して注意もせずに突然規則を押し付けるのは教育として望ましい形では無いのではないでしょうか?少なくとも数十年前の日本や現在でも韓国等では当然の社会構造ではないかとおもいます。


複数のコメントを1つの文章にまとめました。
ちなみに竹内教授のコメントについては同様に不快感を示していましたが(その部分はカットしました)最終的な結論は若干異なっています。
彼の判断は「その場で注意すべきだ。どんな立場であろうと大人が子供を優位するのが望ましい形であり、昔の日本社会のような構造がよい」という意見だと私は捉えています。
その意見に対して私は非常に違和感を感じたため、彼に同意を得てこのようにまとめることにしました。


大人が子供を注意すべき


非常に一般的なこの意見に対して私はなぜ違和感、どころか嫌悪感すら感じたのか自分自身よく考えてみました。
何に対する嫌悪感なのか…それはまさに彼が言った「子供に規則を押し付けない」ということです。
私は日本社会において学校というのはある意味治外法権になっているように感じています。
学校内での暴力行為は「いじめ」という表現で終わりますが、学校外では「犯罪行為」になります。
その理由は社会一般にあてはまる規則が学校内では通じずに治外法権になっているためです。
その他学校内でしか通じないルールは細かなものを含めれば数多くあるということは誰でも実感があるはずです。
それを「教育」と呼ぶならなんのための教育なんでしょうか。
私には本来の目的を大きく外れた教育としか思えません。


「ルールに則る」ということの重要性は社会の開放性が高くなればなるほど重要になります。
アメリカが極度の訴訟社会になったのはいろんな人種がいるため日本に見られる「暗黙のルール」が通じないためそうならざるを得ないからなったと考えられます。
そして、このような動きは現代のグローバル社会=より開放性の高い社会にとって非常に重要です。
ルールが明確なら途中から参加してもそこでの生き方がわかります。
すると皆が同じルールで競いあってビジネスを進めれるため活力の高い社会ができるでしょう。

その反対にあるのが一般に言われる「古きよき日本の社会」です。
ルールは「暗黙のルール」となっているため明文化されず基本的に外部からの干渉を嫌います。
最近その分かりやすい例として古株であるオリンパスの上場維持され、新参者のLivedoorの経営者は塀の中にいます。
検察が誰を犯罪者にするのか、その法則がわからない日本はそれだけカントリーリスクが高い国と考えられ起業家は嫌煙する可能性もあります。
時代の変化は早くなるにつれて「大人」の判断なんてものは全くあてにならないことをこの国は証明してくれているように感じるのです。


こういうことを考えると「大人が注意する」なんて括りがいかにつまらないものかと感じます。
明確なルールの下で子供を育てることが何より重要ではないでしょうか。
今回大学が取るべき対応は店側がお願いしたルールを徹底するだけでよかったので「過剰反応?」というタイトルになったのです。
ルール以上のことを勝手にするのは大学側が教育ではなく体面を大切にした何よりの証拠でしょう。
つまりルールも教育者も不在であることが最大の問題なのかもしれません。


というわけで思った以上に長くなってしまいましたが自分の考えがなんとなくまとまりました。
この機会をくれた彼に感謝します、お互い勉強しましょう。
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