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2011.04.03 (Sun)

定性的な日本社会

震災や原発に関する話題で1つ感じたことがあります。
それは「定量的」に話すことってやっぱり難しいんだなということです。

定量的の反対語になるのが定性的だと思いますがこの違いは簡単です。
例えば気温について言うとき。

定性的:暑い・寒い

定量的:35℃・-10℃

定性的はあくまで本人の感覚から導かれるものです。
気温が25℃が適温の人もいれば暑いと表現する人もいるでしょう。
しかし気温が25℃と表現したらそれは暑かろうと寒かろうと25℃であることは絶対に変わりません。


これが何の話に繋がるかとういと原発の安全性についてです。
最近主に技術系以外の仕事の人に「原発は大丈夫なの?」とよく聞かれます。
まぁ私も専門化ではありませんが自分なりに色々調べて現場は予断が許されない状況だけどすくなくとも東京にいる限り問題はないよと答えています。
しかし、これって答えになっていないんですよね。
「大丈夫かどうか?」は実は定量的な問題ではなく定性的な問題として捉えられていることがほとんどです。
つまり、聞いた本人が「安心できるかどうか」が重要なわけで具体的な何かを求められているわけではないと感じています。


例えば車に関して「車って大丈夫なの?」という質問はあまりでません。
車は毎年数千人の死亡者を出しているにも関わらずです。
*ちなみに今調べたら1万人くらいというイメージをもっていたんですがだいぶ減りましたね。H21は半分の5千人台です
もし車社会に対してなんの不安も感じていないなら原発に対しても絶対に不安は起こらないはずです。
定量的に見れば最悪の原発事故であるチェルノブイリですら直接的には4千人、因果関係がはっきり示せないが予想される長期的人数で数万人です。
日本の自殺者数は毎年3万人以上です。
つまり長期的に見ると一番人を殺しているのは「日本社会」ということになりますがマスメディアは原発事故を取り上げるようには自殺に対して取り上げてはくれません。
また私の周りにも「原発大丈夫?」と聞く人がいても「これだけ自殺者が出る日本大丈夫?」とは聞きません。


このような話題はネットの一部では確実に共有されている考え方です。
だけど全体としては全然広まっていかなくて、むしろそういう考え方を批判する人もいます。
原発に対して「死亡者が何人とかじゃなく危険なのが問題なんだ」って批判する人はもう何が危険なのか自分でもわかっていないのでしょう。
原発の技術がまだ不安定だと否定する人もいますが、では原発の技術が「絶対に事故を起こさない」レベルまで上がらなければダメなのでしょうか。
そう否定する人は「絶対に事故を起こさない車」が開発されるまで販売してはいけないと批判しているのと同じように感じます。
しかし「絶対に事故が起きない技術」なんて存在しません。
どこまでリスクを許容しながら技術を形にしていくかが問題なので少なくとも車だけを見ていると「年間5千~1万人の死亡者は許容範囲内」であるのが日本です。
*もちろんそれが社会に与えるメリットと換算してその数は変化するでしょうが。


定量的に扱うのは所謂理系職の専門分野ですがこの考え方は理系・文系問わず現代を生きる上で必須の能力だと思います。
私自身、原発に関してはリスクとメリットのバランスが正直まだ把握できていないので今後も正しい情報を集める努力を続けたいです。
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