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2011.01.02 (Sun)

日本の教育の手綱を握っているのは誰か

今回は教育問題に関するエントリーです。
BLOGOSにあったエントリーで下記のようなものがありました。


暴論:国民皆教制を導入すべきである


上記のエントリーはタイトルから中身が想像しにくいですが「社会人は教師を経験しろ」という提言です。
この提言は時々でてくる「教師は社会人を経験しろ」という話に対する反論としてだされています。
といっても本人が与太話と言っているのであくまで極論「教師は社会人」に対する極論として書かれたものだと思います。
けっこう感情的な文章と私には受けとめられたのでてっきり現場の教師の提言だと思ったら全然違って経営学の博士を持った大学教授なんですね。


さて、ここで「教師に社会人経験を積ませろ」という提言に対してですが実は私は賛成です。
ただしリンク先のエントリーに書いてある理由とはまったく異なります。
リンク先の理由を要約すると「教師は社会経験を積んでいないから社会常識・能力が低いためそれを養う必要がある」とあります。
しかし社会人になればわかりますが企業にはいくらでも社会常識がなく能力も低くコミュニケーション能力が低い人間はいると知っています。


私が教師に社会人経験をしてほしい最大の理由は「社会人に必要な能力を教師が知ること」だと思います。
一番わかりやすい例は答えがはっきり決まっている学校の問題とそもそも問題を自分で作らなければならない社会のギャップです。
いったい世の中で生きていくために必要なのは何なのか、これを教師なりの実感を持って教育に取り組まなければどんなに頑張っても机上の空論で終わってしまいます。
その机上の空論としてわかりやすいのが「学校だけで有効なルール」です。
学校の中で規定より少し短いスカートをはけばそれだけで怒られますが街中をミニスカートで歩いても誰も何も言いません。
街中で人を殴れば警察がやってきますが学校で人を殴れば「イジメ」という名称になり犯罪になりません。
こういったことを取り上げればキリがありませんがこういう環境で教育を行う理由は教師のエゴとしか映りません。


私がもし「教師に社会人経験を」という意見に対する反論するなら別の方向で攻めます。
つまり教師が今実際にやっている教育方針は文科省が決めているのだから「文科省のキャリアは企業での経験を積むべきだ」というべきでしょう。
ただ私は文科省と教育委員会と現場の教師の力関係がわかりません。
ほとんど文科相または教育委員会に権限があるから教師を責めても無駄なのか、それともどんなに決まっていても最終的には現場のレベルで判断する余地が残っているから現場の問題なのか、そこをはっきりさせる必要があるでしょう。
でもこの手の議論になったときにそういう部分が伝わってこないので結局意味のない議論になるのかもしれません。
私の意見としては教師は「組合」を持っているんだから団結して現場の教育を良くするために上と戦えよ、と思うのですが話を聞いているとそれはまったく期待できないようですね。


つまり話しを総合すると実際に教師が企業経験を積んだりする必要はないのかもしれません。
ようは教育システムを「教育のための教育」ではなく「社会のための教育」に焦点を絞ることが重要だと思います。
その手段として1番分かりやすい例が教師の社会経験ということでよく話題になるのだと思います。
焦点がズレている今の教育のままではどんなに頑張っても結果がついてこないということです。
実際、現場の教師は過酷な環境に疲弊しているという感覚がありますがもっと必要なことに的を絞ることが必要だと考えます。
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