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2010.10.10 (Sun)

社会が生み出す悪人

映画「悪人」を見てきました。


ストーリー
若い女性保険外交員の殺人事件。ある金持ちの大学生に疑いがかけられるが、捜査を進めるうちに土木作業員、清水祐一(妻夫木聡)が真犯人として浮上してくる。しかし、祐一はたまたま出会った光代(深津絵里)を車に乗せ、警察の目から逃れるように転々とする。そして、次第に二人は強く惹(ひ)かれ合うようになり……。


Yahoo!映画より


モントリオール世界映画祭で、ヒロインの深津絵里が最優秀女優賞を受賞したということで映画ファンとして見逃せないと思い見てきました。
上のストーリだけを読んでもまったく明るい映画でないことがわかりますが始終暗いタッチで救いはまったくありません。
それは予想していましたが予想以上に考えられる作品でした。
なるべくネタばれしないように書きますが若干のネタばれをご了承ください。



この映画では清水(妻夫木)が女性を殺してしまい、そんな清水を光代(深津)は愛してしまいます。
愛した人が実は殺人者であり、しかも一緒にいることで同じ寂しさを抱えた同士ということで2人はどんどん引き合っていきます。
何より女性を殺すことになった理由があまりに悲惨な情況というか、思わず清水に同情してしまうのです。
もちろん殺人は絶対に許されることではありません。
しかし、この映画では殺人という罪を犯した清水以上に社会的に見逃されている「悪人」が多くでてきます。
その周りの人間達はたまたま法律を犯していない(または一部明らかに犯していますが捕まっていない)だけで悪人であることには代わりありません。
ただし実際に罪を犯して捕まった清水だけが社会的に悪人として裁かれることになるため、非常に理不尽な思いでいっぱいになりました。


この映画では「閉塞感」ということが1つのテーマだと思います。
母親の愛を知らず地方の狭い社会で生きる清水は人の何倍も「つながり」を欲していました。
光代小学校から職場まで1つの国道沿いですんでしまう非常に小さな世界で人との「つながり」を欲していた。
そんな2人が「出会い系サイト」で出会ったこと自体は必然だったのかもしれません。
出会い系サイトに良いイメージを持つ人はほとんどいないと思いますがこの2人がネットに出会いを求めることを責める気にはなれません。
そのくらいの閉塞感がこの2人には漂っていました。
その閉塞感がより2人がやっと手に入れたつながりを何倍も強い絆としたために逃避行に走ってしまうのです。


殺人という犯罪はどのような情況でも絶対に許されることではないと今でも思います。
ですから当然清水は法によって裁かれるべきだと思います。
しかし、それでも清水が裁かれることに対する違和感を最後までぬぐえないのです。
日本では昔から「罪を憎んで人を憎まず」といいますがその考え方をはっきり理解できました。
つまり清水という殺人犯を生んだのは社会であり、裁かれるべきは社会の方だと思うのです。
ただしこの「社会を裁く」というのは自分で言っていても非常に感覚的でありよく正直どうしたいのかよくわかりません。
だけどこの問題はどうしたらよいかわからないというまま放置しておくにはあまりに重要な問題だと思います。
なぜなら現代社会に生まれた人間にとってつながりとは誰もが求めるものではないでしょうか。


今回この映画を読んで最近読んだ3つの本を思い出したので話にからめて広げようと思いましたが私の能力不足で無理でした。
とにかくまだ問題が自分の中で漠然としすぎて捉えきれていないようです。


  



「死刑」に関することや「正義」に関することはやはり一筋縄ではいかないように思います。
この映画を1つの題材としてこれからもっと深く考えて行きたいと思います。
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