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2010.03.22 (Mon)

国が認めた「日本的構造の崩壊」

年功賃金・終身雇用の議論は政治の世界だといまだ論争の的ですがデータとしてはっきりと示されたようです。


年功賃金・終身雇用崩れる 内閣府グループの実証研究で判明


内閣府経済社会総合研究所の濱秋純哉研究官らの研究グループが「年功賃金と終身雇用を企業が維持することが困難になった」とする実証的な研究の結果をまとめた。日本的な雇用慣行が事実上、崩れたことを裏付ける実証的研究は初めて。



「日本的な雇用慣行が事実上、崩れたことを裏付ける実証的研究は初めて」という箇所がすごく重要ですね。
つまり「これはもう事実なんだから議論の的ではない」ということであり、「その前提にたって今何をすべきなのか考える時期である」ということです。
もちろん「崩れたものを直すために企業は社員の保護に努めるべきだ」なんて亀井さんが言いそうなこと言ってたらダメです。
「崩したくて崩しした」わけではなく「維持できなくて崩れた」わけで、「維持できなくなった理由」を考えるべきですよね。


維持できなくなった理由はこれまた議論するよる内容ではないと思います。
経済学の素人である私でも「日本が先進国として経済的に成熟してきており、成長期のような追いつけ追い越せのキャッチアップ型の事業展開ができなくなり、またグローバル化にともなう水平分業化・賃金の構造的下降などの影響」ぐらいの意見は言えます。
もちろんこれは一部だとは思いますが、要は「あの頃(経済成長期)とは環境が違う」ということだと思います。


つまりこれからは「こういう状況で何をする必要があるか」のみを議論するべき時期です。
そしてその答えはネットで識者達が散々提言していると思います。
例えば、久しぶりに紹介しますが池田信夫blogでも「市場か、福祉か」を問い直すというエントリーで個人をベースにした透明で公平な所得再分配に移行せざるをえないということを述べています。
「せざるをえない」という表現を使っているように「したい・したくない」ということはそもそも議論にならないということです。


しかし、この「個人をベース」にした体制を受け入れられる人がどの程度いるでしょうか。
今まで散々国に頼り、何かあれば国が悪い、と判断してきた国民性がすぐに変化するとは思えません。
身近な例として学校や職場を思い出してください。
何かトラブルが起きたときに素直に「自分のせいである」とすぐに思える人がどれほどいるでしょうか。
残念ながら私の職場を思い返すと、何か問題が起きるた場合は「上司」と「会社」の悪口で終わることがほとんどです。
問題が起きたときに「じゃあ自分ができることは何だろう」とまず思える人がいないというのは悲しいものです。
自分のことは棚に上げる状態では「個人ベース」というものはとうてい受け入れられないでしょう。
つまり、この体制を築くのは政治的に非常に困難であることは間違いありません。


そして話を戻しますが、今回の「公的な結果報告」というものは非常に大きな力を発揮すると思うのです。
リンク先のグラフをみれば明らかであり、さらにその傾向が続くこともほぼ間違いないでしょう。
これだけの事実を突きつけられた時、そしてこの傾向が確実に続くことがわかった時、それは変化のチャンスではないかと思います。
たぶんマスコミはなかなか大々的に取り上げないと思いますが(自分達にとっても都合が悪いから)いつか取り上げないわけには行かない日が来るでしょう。
そうなったときに「そうだったんだ」という衝撃が流行していけば昨年のような「政治の転換期」がまたやってくるのではないかと期待しています。



来るべく日に備えて少しでも「職業人としての価値」を高めて「個人の責任」に答えられるようになりたいです。


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