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2010.02.27 (Sat)

尊敬できる、という能力

私が「成長したな」と思う時期は3回あります。
1回目は高校時代の吹奏楽部で、2回目は大学時代の音楽活動で、3回目は大学院での研究室で。
何が成長したのかは今回のエントリーのメインではなくてその「きっかけ」に焦点を当てたいと思います。
その「きっかけ」を考える「きっかけ」となったのが以下のblogです。


誰かを尊敬する力、他人に敬意を抱く力


上記のエントリーでは主張をこのようにまとめています。

 ・誰かを尊敬する力しだいで、他人を介した学習効率が大きく左右される
 ・誰かを尊敬する力しだいで、コミュニケーションの帰趨が大きく左右される
 ・誰かを尊敬する力しだいで、心の充足感が大きく左右される


このエントリーを読んでなるほどな、と思ったわけです。
私自身の過去を振り返るとまさに「尊敬できる人にであった頃」だったからです。
高校時代・大学時代は友人であり、研究室時代は本を通じてです。
高校・大学の友人は簡単に言えば「自分の持っていないものを持っている友達」でした。
「自分もああなれたら」と思い、臆することなく真似をしたことを覚えています。
また、研究室時代に読んだ本は自分に衝撃的であり一気に考え方を改めることになりました。

これらの出来事の共通点は「尊敬」だったんだなと紹介したエントリーを読んで思ったわけです。
尊敬すると「自分の持ってる小さなプライド」なんかを気にすることなく相手の行動・考え方を吸収しようとします。
また、尊敬するからこそ相手とのコミュニケーションはさらいよくなるのも当たり前です(本相手には無理ですが)。
また、そういった尊敬できる相手と色々な行動をともにできるのは当然「心の充足」が伴います。
まさに全て尊敬というキーワードが重要だったわけです。
その「人を尊敬する心」というものが成長を加速させていたんだなぁと実体験からも納得しました。


さらに「逆の例」を知っているのでそれも今回のエントリーの信頼度を増すよい事例です。
今の職場には「人をまったく信用しない」という特徴をもった人がいます。
例え好意的に話しているように見えてもそれは「相手が自分の下の存在である」と認識している場合のみです。
正しいことは「自分の考え」なので話し合いをしようとしても話しがまったく噛み合いません。
その人と上司が2人で話し合っているとあまりのちぐはぐさに聞いてる人が嫌になって部屋を出て行く、なんてこともありました。
そして、案の定その人はここ1年間を見ていても成長のカケラをまったく感じませんし今までもそうだったんだろうなと思わせる人物です。
中二病」なんて言葉がありますが、まさにピッタリで中学生時代から精神的な成長をしていないように感じます。
やはり「人を素直に尊敬できる」というのは1つの能力なんだと思わざるをえません。


誰しも長所をもっているものですが、それが「尊敬」にまで高まる人との出会いはとても貴重なものです。
そんな出会いを大切にするためにも、そしてこれからそういう人達と出会うためにも「尊敬する力」をしっかりと持っていきたいです。
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