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2010.09.28 (Tue)

アイデアは雑談から生まれる

今日仕事で衝撃的なことがありました。
それは上司と下期に向けて仕事の分担の話をしていたときのことです。


この仕事の分担というのは当然私のことだけでなく研究室全体の仕事分担になります。
どのテーマがどの程度進んでいてどこに人を割くか話し合っていたのです。
前から分担についてはよく話し合っていたのですが最近はひどいことになっています。
というのも上司が能力を信じていない部下に対してはほとんど仕事をさせたくないようなのです。
確かにすでに1年以上やってきてなんの成長も見られない部下には大事な仕事を任せたくない気持ちもわかります。
特にうちのようにまるでベンチャーのような1人1人の能力が即チーム全体の成果に反映されるような組織だとなおさらです。
なので「あの人にはこれをやらせたらどうでしょうか?」と提案しても「あいつには無理だろう」の繰り返しになってきていました。


そんな返答にも慣れてきた最近だったのですが今日はもっと驚きました。
それは「Aがやることなくなってきたから君のテーマから分けて上げれる分はないか」というのです。
自分のテーマを分けるなんて考えたこともなかったのでかなり驚きました。
と同時にAさんはまったく人とコミュニケーションをとらず自分勝手に仕事を進めるタイプだったので自身のテーマを分けることにかなりの抵抗感を覚えました。


確かに私自身のテーマはどんどん広がってきており、さすがに1人ではさばききれなくなっています。
現在は3人チームでやっていますが、それ以外のテーマも1人でやっているせいです。
なので合理的に考えればAさんにわけることはチームとして正しい決断なのですが感情がそれを許さないのです。
基本的に仕事は合理的に進めるタイプなので感情が勝つことはあまりないですが今回ばかりはかなり葛藤がありました。
普段から協力しあってる仲ならまだしも挨拶すらしなくなったAさんに育ててきたテーマを分け与えることは感情的にかなり難しいものです。


こういうときに「普段のコミュニケーション」がいかに大切か痛感します。
Aさんの仕事がなくなっていったのは自己中心的な振る舞いをして誰ともコミュニケーションをとらなくなった結果、研究成果を話し合うことすらなくなったためアイデアが枯渇したためです。
「研究のアイデアは雑談からうまれる」という話を聞いたことがありますがまさにその通りで一人でウンウン唸っていても難しいものです。
仲間や外部の人たちとの交流を通じて生まれてくる場合がほとんどなので私は意識的に仕事に関する雑談をするようにしています。
その一切を自らったAさんのアイデアが枯渇してしまったのは必然としかいえません。


しかし、数時間後にはAさんに何を分担させるかは決めました。
やはりチーム全体を最大限に生かすにはAさんにやってもらうのが一番だからです。
感情で判断すると必ず仕事は誤る、というのが信条なので感情は飲み込みました。



これからはこういったことも含めてチームを動かしていくんだなという覚悟がなんとなく芽生えた今日この頃です。
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21:02  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.09.25 (Sat)

思考の深みへ

私が今のプロジェクトで特に仲良くなった方が今年限りでプロジェクトを離れることになりました。
その方はとある大学でポスドクをしているのですが違う大学に移ることになったのです。
仕事で関わっていくうちにいつの間にか非常に仲良くなったのはその方の柔らかい人柄もありますが、仕事ぶりもとても優秀な方なのでひかれたのだと思います。
もう、その研究室はその方がいるからデータがでてるといっても過言ではないぐらいなのです。
仮にAさんとしてこの方を紹介したいと思います。


Aさんの面白いのは少し話しただけではその優秀さがわからないことです。
私が今までであった優秀な方はいわゆる「頭の回転が速い」という能力をもった人たちなのでそういう人たちは会話してるだけでその回転の速さを感じます。
なので一緒に仕事とかしなくても優秀さを感じるわけですがAさんはむしろ逆で心配になるくらい回転は遅いです。
というより遅いと感じてしまう会話の仕方をするんです。
私はこういうのを「思考の瞬発力がない」と表現しますがまさにそういうタイプでした。


しかしAさんの強みはこの瞬発力がないのを補うくらい「深い思考」ができるタイプだったのです。
時間はかかるけれどゆっくり考えているうちに理論を構築しながらまるで沼に落ちたようにズブズブと思考の深みへと沈んでいきます。
なので最初話しているとそれほどでもないアイデアがしばらくすると口の挟む余地のないアイデアまで昇華しているのです。
こういうタイプの能力に初めて会ったので非常に刺激的でした。


こういう能力は実社会では本当に不利だと思います。
まず初対面の印象が弱く、プレゼンなどその場で対応しなきゃいけない場面ではなかなか能力をはっきできません。
また学力試験のようなペーパーテストはほとんどの場合「時間との戦い」なので問題を解く能力があっても時間がたりないということになります。
そういう意味で能力を発揮できる場は限られてしまいます。
ですからAさんがアカデミックな世界に残ったのは最良の選択だったのではと思いますしご本人もそう考えているようです。


こんなAさんとの研究に関するやりとりは刺激的で楽しかったのですが1つだけ考え方が合わない面もありました。
Aさんは完全に「研究者」タイプなので今のプロジェクトでコスト計算があると「つまらないことするなぁ」と思ってしまうそうです。
とにかく「研究として面白いことをしたい」と考えているAさんにとってはコストの話がでてくるとあまり面白くないとのこと。
逆に私は完全な「ビジネスマン」タイプなのでコスト計算に乗らない研究はしたくないと考えます。
どんな素晴らしい発明もコストと便益がつりあうことで初めて社会に貢献できると考える私にはコスト計算を常に意識することはもっとも大切なことです。
なのでそこは意見が合わないのですが、違うタイプであっても互いの良さを認め合いながら意見を交わせたことが互いの関係を最良のものにしたと考えています。


来年からはAさんと仕事ができなくなるでとても寂しく思いますがとても良い出会いをしたと思います。
私はどちらかと言えば「瞬発力」タイプなのでもっと深さが欲しいと考えていたのですが、その方法の一端を勉強できた気がします。
やっぱり成長する一番簡単な方法は「新しい環境」に身をおいて「新しい出会い」をすることですね。
Aさんの新天地でのさらなる飛躍を応援したいと思います。
09:20  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.09.20 (Mon)

会社の孤独

今回は雑誌「プレジデント」の最新号に関するエントリーです。


エラくなる男、用済みになる男


なんかプレジデントはこの「〇〇な男、△△な男」ってやつが好きですね。
常になにかを対比した方がインパクトがあって飛びつきやすいんだろうか。
それはともかく今週号の特集のなかで「できる2割部下しか相手にしない上司」というのが非常に身近に感じた題材だったのでとりあげてみます。

この記事では「会社には優秀な人が2割、普通の人が6割、できない人が2割いてその中でも優秀なやつ2割だけ相手異にしている上司はダメだ」というものです。
これがまさにうちの職場にぴったりで「できる人」しか相手にしないために周りのモチベーションが著しく下がっているように思います。


この方法のダメなところは現実を見ていないところだと思います。
私の方法論は常に「現実」を大事にすることなんですが、今回の現実は「全員で仕事をしている」ということです。
この事実を無視して「できるかできないか」で判別するとチームのパフォーマンスが大きく下がり結局は成果がでてこなくなります。
正確にはできる人に仕事をまかせているのである程度は出るのですが、そのできる人に仕事が溜まりすぎると逆にミスを犯しやすい情況になり一定以上の成果がでなくなるのです。
うちはまさにこんな情況に陥っています。


仕事は組織で働く場合当然分担が行われるので面白い仕事をやれる人もでればあまり面白くない仕事をする人もでてきます。
これが能力によって振り分けられているなら「分担」そのものは正しいと思います。
しかし、だからといってルーチン的な下支えの仕事をしている人に対して上司が積極的に「その人の仕事を認める」ということをしないとどんどん士気は下がっていくでしょう。
そんな下支えをしてくれる人が効率的に働くことで初めてチームとして機能することを忘れてはいけません。
私は上司と部下の間に立つ立場にいますが、こういう上司の態度を私がどんなにフォローしようとしてもフォローしきれるものではありません。
「期待されていない」状況下でやる気を持って仕事に取り組める人は稀だと思います。
中間の立場である私ができることと言えば愚痴を聞いてあげることぐらいでしょうか。


ある意味では若いうちにこういう体験ができてよかったと思います。
どういう対応をすると不満に思うのか、ということを実体験で知ることは将来の糧になると思うからです。
むしろ私が今の中間管理職のような立場で本当に良い仕事ができているのかはかなり疑問なのですが、とりあえず今学べることを学んでいこうと思います。
マザーテレサの名言で「愛の反対は憎悪ではなく孤独である」と言ったようなものがあったと思うのですが組織でも同じだと思います。
「期待されない」という言葉は仕事に失敗して起こられるより何倍も辛いことなのかもしれません。

21:53  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.09.11 (Sat)

チームの最適化

9月は上半期最後の月ということでかなり忙しくなってきました。
結果報告会の連続でもうすぐメインとなる会議でのプレゼンもせまっています。
今回のプレゼンは発表時間が1人で25分間もあるので今までの中で最長だと思います。
そのくらい発表する内容量はあるんですが、25分間の中でインパクトを持たせながら分かりやすくプレゼンするのは相当難しそうです。
そして25分間すべて自分がだしたデータを発表するのではなく今回は大きな場で初めて他の人がだしたデータも含めてプレゼンすることになりました。


私は現在3人チームでやっておりグループリーダーのような立場で働いています。
リーダーといっても2人を面倒見るだけですから仕事以外で言えばサークルや個人のバンドのコンサートマスターをやるよりも何倍も少ないです。
大学3年のサークルの時は部員が30~40人くらいを相手にしながらリーダーとしての仕事をしたのでそれに比べれば非常に簡単なはずです。
しかし、このたかだか3人というチームに日々悪戦苦闘しているというのが実情になります。


その難しさの原因の1つがグループリーダーが中間管理職のような立場であり今までの立場とは全然違うということです。
上記したコンサートマスターはその組織の音楽技術に関する最高責任者ですから自分の方針が最終的な結論になります。
しかし中間管理職は上司と部下の間に挟まれながらそれぞれの思惑を汲み取る必要があるためやり方がまったく違うということを理解してきました。
その思惑の落としどころをうまく探しながら出てくる結果は上司の満足するものでなければならないというのはなんと大変な仕事なんでしょう。
今まで漠然と「中間管理職は大変らしい」という知識だけでしたがやってみるとこんな小さなポジションでこれだけ大変なんですからもっと上の中間管理職、例えば課長なんかは本当に大変なんだと思います。


そんなこんなで悪戦苦闘しているわけですが最近はなんとなく落としどころが見えてきました。
うちの上司は非常にやりやすい方で「細かいところは全部任すからなるべく早く結果が欲しい」というタイプです。
上からいちいち細かいとこまで指示が来るとやりにくいので非常にわかりやすいです。
問題の部下にあたる2人ですがこことのやりとりが非常に苦労しました。
上記した上司の思いとこの2人の感覚がまるで違うのでそこを合わせていくのに非常に苦労したのです。
そして最終的に落としたところは「非効率のなかの効率」ということでした。


この「非効率のなかの効率」とはどうことか説明します。
私のやり方も基本的に上司と同じで「方法は相手に任せる」タイプです。
なのでチームが出来て前半はこのスタイルで行きましたが、これをやると全然結果が出てこなくて出たとしても期待したスピードや精度ではななかったりしました。
そこで上司はもっとなんとかならんかということで完全なフォロー型にしました。
検討する項目について最初から関わることでわき道にずれるのをフォローし、スピードと精度を一気に上げました。
最後のまとめの作業も軽く部下と話あった後にほとんどの部分を私がやります。
こうするとほとんど自分がやっているようですが作業的には分担されており、出る結果も自分が望む形なので効率は飛躍的に上がります。
すると上司は満足しましたが部下のモチベーションが下がりました。
もともとやる気があまりあるように見えなかったことと全てを自分で考えるのが苦痛そうだったので変更したのですがむしろ改悪という結果となりました。
そこでどうしようかとだいぶ悩んだのですが行き着いた先が「非効率のなかの効率です」。
まずは基本的に相手に任せる最初の方式をとります。
ただし完全にまかせると結局最初のやり方と同じなので実際に実験を始める前にどうやるかを相談します。
その時点で大事なのがキーとなる問題箇所のみを修正してその他の趣味的な部分は一切変更しないことだと思います。
つまり本人には「自分のやり方でやっている」という感覚が大事なのでその辺りを尊重しつつ修正を加えるという方向です。
そして最後のまとめもなるべく自分でやらせて最後に自分がフォローするという形をとります。
つまり一度相手の形になっているものを前からではなく後からフォローしていくのでとんでもなく手間がかかり非効率です。
しかし、それでどちらにも不満がたまることなる仕事が円滑に進められるので効率的でもあるわけです。


しかし、この方法は「成長」という意味ではあまり良くないと思っています。
成長するためには成功も失敗も自分1人で味わう必要があると考えているので成長には最初のやり方「テーマを与えてとりあえず自由にやらせる」が一番だと思います。
ただし、残念ながら成長意欲というものは人それぞれであり、人材により適したマネージングは異なると考えて今の落としどころに決めました。
上記のように書いていくといかにも簡単なことになんでそんなに悩むんだと思う方もいるかもしれませんが、部下は私と能力・価値観がまるで違うので本当に苦労したわけです。
そんなわけで「常に後フォロー」の形は苦労の末つかんだ現在の職場の落としどころだと思っています。


自分のこともやりながら他の人の立場で他の人の仕事もフォローするというのはこんなに大変なのかと思いましたが今は逆にそこに面白さも感じています。
自分の負担は倍増しますがそれでも楽しくしかも結果に繋がるような職場環境が一番ですからね。
これに満足せずもっとよりよりチームの形を目指して奮闘していきたいと思います。
10:52  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.09.09 (Thu)

年収と幸福度

最近この手の記事を多くみますね。


稼げば稼ぐほどハッピーになれるのは年収650万円まで、それ以上だと幸福感は収入に比例しない


このタイトルだけ見ると誤解しそうになりますが正しい結論はこちらだそうです。


長い目で見た幸福度は高所得者であっても収入とともに上がり続けるが、日々感じる瞬間的な幸福度は、年収7万5000ドルを境に収入が増えても上がらなくなる


まず「日々感じる瞬間的な幸福度はある境で収入が増えても上がらない」という結論は日々の実感にあっていると思います。
この境目が正しいかはわかりませんが幸福に感じることって実はどの出来事をとってもそんなに大きく変わらないような気がするからです。
すっごい幸福とかちょっと幸福という相対的なものではなくその場で感じる幸福は常に絶対評価で「幸福である」という事実以外にないと思います。
この絶対評価というのは、何か良いことがあって「幸せだな」と思った後に「でもあのことよりは幸せが足りない」とか「あのことよりすごい幸せ」とかいちいち思う人ってたぶんいないですよ。
でもこの後が問題で人生を振り返ると比較ができちゃう。
だから「長い目で見た幸福度は収入とともに上がり続ける」のだと思います。


年収について書いてて思い出したのですが最近堀江氏(ホリエモン)の「拝金」という小説を読みました。
フィクションとノンフィクションを混ぜたような小説でかつて世間を騒がせてたときの様子を小説に取り込みながら物語が展開していきます。
その主人公である藤田勇作はオッサンと呼ばれる人物に導かれてあれよあれよと大金持ちへとなっていきます。
そしてそんな大金持ちの世界がフィクションかノンフィクションかどちらかわからないように描かれているのです。
世間の人が食べられない食事やアイドルとの関係、そして何より大金を稼いでいるという自負は多くの男性を魅了することでしょう。
しかし、堀江氏はそこからさらに突き進み大金が手に入ることで逆に欲から開放された「突き抜けた世界」があることを示しています。
お金が目的じゃなくその先にあることが目的なんだということを一番よくわかった「拝金主義者」なんだと思います。
今は「宇宙ロケット」に関わっているそうですがお金ではなくそういうやりたいことをするために稼ぐということは一番幸せなように感じます。


今の私は残念ながらまだやりたいことをやるために稼ぐという状態ではないように感じます。
ただし、研究そのものはやりたかったことですきなことをして稼いでいるというは金額的に少なくても幸福度にはかなり繋がっているとはおもいます。
今後はさらなる幸福度につなげるため自らのやりたいことを突き詰めてその中で最大限の稼ぎを得て「突き抜けた状態」を目指したいと思います。


21:27  |  その他  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.09.08 (Wed)

営業の精神

今回紹介するエントリーで初めて知ったのですが学生の間で「営業職」が負け組という認識があるようですね。


ソルジャー(営業職)採用は負け組なのか?


しかも「ソルジャー」って表現が面白い。
このソルジャーで思い出すのは映画「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」ですがそんなイメージなんでしょうか。
私の感覚では「営業」というと「花形」というイメージなんですがこの考え方は古いのかな。


この営業職に対する悪いイメージがどこから来ているかわかりませんが営業ができない人は「何もできない人」だと思います。
営業の精神は社会人の基本だしどんな立場にいても営業の精神が何割かの感覚で働いていないと成果はでないんじゃないでしょうか。
営業というのは形のあるものないもの問わず「何かを売る」職業なんだと思いますが、営業職以外もその「何か」に関わっているわけでそれを忘れていい仕事はできないと思います。
私のやっている研究職でも自分の研究対象の最終的なアウトプットの像がはっきり見えていなければ見当違いの方向に研究が進みかねません。
例えば、今の私の研究は「情報提供」が最大の目的になります。
ということは「情報」が売り物ということです(実際には売買しないような情況ですが)。
ということはその情報の買い手がいったいどんな情報を欲しているのかを理解することは非常に重要なことです。
自分としては面白いと思う研究成果がでても相手に「知りたいのはそこじゃない」といわれれば価値がなくなります。
そして最高の売り物は相手が想像すらしていなかった情報を研究から導き出すことだと考えています。
こういう考え方のプロセスが上記した「営業の精神」だと思うわけです。


こう考えると営業職というのは非常に難しいものだと思います。
相手が「〇〇を下さい」なんて言っている間は営業の本髄ではないでしょう。
問題を抱えている客を開拓して「うちの〇〇なら見事解決できます」と提示するのは非常に高い能力が必要だと思います。
そして実際に「お金」をゲットしてくるのは他ならぬ営業職でありこの強みはかけがえのないものでしょう。
こういう現状が学生には見えていないのかもしれません。
いや、もしかしたら実際の営業職もほとんどの人が「単なる物売り」に終わっているからこそそう映るのかもしれませんね。


私自身は研究職ではあるものアウトソーシングの研究者ですから営業精神は通常の何倍もいると思っています。
常に「自分を売る」精神で研究を進めていきたいです。
21:38  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.09.05 (Sun)

サラリーマンの力

漫画「エンゼルバンク」が終了してしまいました。


<概要>
龍山高校で英語教師をしていた井野真々子は、教師としての成果を挙げながらも教師でいることに飽きてしまい、転職を決意する。そんな時、桜木が主催するビジネスセミナーの会場で、桜木に"転職代理人"・海老沢康生を紹介される。「人の価値は相場で決まる」「30過ぎたら利息で暮らせ」などの海老沢や桜木のアドバイスを受け、教師を続ける事を決意しかかっていた井野だったが、海老沢の勧めで海老沢が所属している転職サポート事業・ライフパートナーに転職する。
井野は海老沢直属下となり、キャリアパートナーとなるが、仕事に関する何の予備知識もないまま、いきなりクライアントの担当を任される。


wikipediaより

エンゼルバンクの前作「ドラゴン桜」では東大入試へ向けた高校生のストーリーを描いた異色の作品でしたが、エンゼルバンクはその社会人版です。
ずっと読んでいたのですが第14巻でついに終了となりました。


この作品は「転職」を1つのテーマにしていますが、転職はきっかきにすきず「社会って本当はこういうところ」ということを描いた作品だと思います。
ドラゴン桜が「大学受験って本当はこういうもの」ということと同じですね。
この両者の作品は必ず「王道」を行くということだと思います。
ドラゴン桜では「受験テクニック」などを多数駆使するわけですが、最終的に必要なのは「こつこつと努力すること」という非常に単純でありでも重要なことを示しました。
ではエンゼルバンクでの「王道」とはなんなのでしょうか、社会の生き方に王道なんてあるんでしょうか。
しかし、1巻から14巻まで通して強いメッセージを発していることが1つあります。


社会をよくするにはビジネスしかない


これこそが伝えたいメッセージだと思います。
とっかかりとして転職をテーマにしたのも「日本の労働人口の流動性は3%しかない、逆にその3%を転職会社として支配すれば思い通りのビジネスに人材を送り込める」という発想からです。
そして登場人物である海老沢は「日本支配計画」と称して本気でそれに取り組んでいるんです。
なんかこうやって言葉だけ並べると陳腐な感じがしますが、それこそ「常識という枠」で視野を狭めている証拠かもしれません。

思い通りのビジネスの例として「育児」「農業」「医療」がでています。
「育児」は現在の女性の社会進出にともなう需要の増大を目指してベンチャーを立ち上げています。
というよりこの育児の問題をなんとかしないと女性の社会進出は困難を極めることは間違いないので「育児ベンチャー」を通して社会を変えるということです。
また農業については「現在の農業は産業として成立していない」ことを取り上げて「農業ベンチャー」を立ち上げます。
産業として成立するということはつまり少ない人で多くの生産を行うことで、今の日本の農業とはまったく別物です。
それを達成するためにそのベンチャーは今までの常識をやぶり「丹精こめない農業」を目指します。
最後には「医療」にまで踏み込んでいます。
日本の医療の崩壊の理由を説明し、特に埼玉や千葉で医者不足であるため千葉での病院経営に乗り出します。
その診療方法も画期的であり待合室で事前診察と投薬がなされるというものです。

これらの詳細は是非漫画で確認してください。

最後の14巻では司法と教育をサラリーマンの力で変える方法を考えようというところでとまっています。
これらにどう立ち向かうかはわからないまま漫画は終了しました。



この漫画は完全な「サラリーマン視点」で書いてあるため現在の制度を変えるような「政治的」な話は全然でてきません。
「新入社員の一括採用」を肯定するなど賛成しかねる点も多々ありますがそれはサラリーマン視点に徹したからかもしれません。
それでもビジネスを通した社会変革という考え方は非常に賛成できます。
というよりそれしかないようにも思えます。
なぜなら公務員の側には今の日本をよくしようと思えば思うほど自分達の仕事がなくなるのでメリットがありません。
逆にビジネスならそれを通して利益を生むことで社会変革に繋がるためデメリットの方が少ないしょう。


ドラゴン桜・エンゼルバンクは両者合わせて完結した作品になっているように思います。
今の情況はどうなっていて、それに対してどう動けばいいのか。
それを考える力がもっとも大事だというのが両者を通じたメッセージだと思っています。
機会があれば是非読んでみてください。
23:50  |   |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.09.04 (Sat)

お役所の失敗と成功

私の出身地は岐阜ですが意外なところで岐阜の名前がでてきました。



書評:地域再生の罠 なぜ市民と地方は豊かになれないのか?

お役所の縦割りから生まれた行政サービスが非効率なのは今に始まったことではない。
エコを掲げつつ車社会重視で路面電車を廃止し、43階建ての高層ビルを駅前に立てた岐阜市が典型だろう。
開業三ヶ月で一階テナントが撤退した岐阜シティタワー43は、様々な人達の理想と妥協の差物である



まさか城さんのblogで岐阜のシティタワー43が出るとは思いませんでした。
そして、岐阜県民である私自身そんな情況知りませんでした…。
思い返すと駅前に高いビルが出来ただけで大騒ぎして数週間ぐらいビル前の広場でいろんなイベントがあり私もジャズのライブを行いました。
そんなシティタワー43ですが実は一度も入ったことがありません…つまりそんな程度の存在ということでしょうか。
ただし、テナントは出払ってもその上のマンションはほとんど売れたという話を聞いたのでマンションだけにすればよかったですね。
岐阜の駅前は昔に比べると見違えるほど綺麗になりましたが、まだ昔の繊維街の名残が残っててそこが問題ですね。
そういう利益を上げてないけど居座り続けるお店が多く、しかも公共の交通機関が発達していないせいで開発が全然進まないです。
まぁ今のように愛知・名古屋に依存し続けるのも生きる道だとは思いますが。


しかし、そんな岐阜にも凄い話がでてきてます!!!


岐阜は日本のシリコンバレー!?


「セカイカメラ」「Finger Piano」「おみくじスクラッチ」。iPhoneアプリのヒット作が岐阜県から次々と生み出されている。
同県のIT振興策によるもので、日本中から開発者が集まり、ベンチャー企業も間もなく巣立つ予定。

「岐阜県は職員の意識が高く、知事の理解もある。若い人が地域のもの作りでもIT化を進めるなど広がりをみせている」と評価するのは、マイクロソフト企業市民活動推進本部。
同社も「岐阜イノベーションセンター」を中心に支援している。



この記事を読んでこれまた驚きました!
私もiPhoneを使っているので「セカイカメラ」等が話題になったことを知っていたのですが、まさかその開発のきっかけが岐阜にあるとは思いもよりませんでした。
しかも「職員の意識が高く」とありますがいつぞやの「裏金問題」はなんだったんだ!?
こういうのは今後続くかが問題ですが、とにかくお役所主導でやらずに場所だけ与えて自由にやらせれば今回のような成功がまだまだ出てくるかもしれませんね。



私としてはバイオで町おこしできたら最高ですがそれはさすがに難しいかな…。
16:36  |  社会・政治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.09.03 (Fri)

国策プロジェクトの無駄

私が現在関わっているプロジェクトは国が主導のプロジェクトになります。
そのプロジェクトには研究機関・大学・企業などがかなりの数参加しています。
その参加者が集まって最近ワークショップが開かれたのでその時感じたことを書きたいと思います。


感想は「もどかしい」の一言に尽きます。
何がもどかしいかというとそれぞれの参加者が研究を進めるわけですが、それぞれの成果を1つのプロセスに統合していないため「無駄だらけ」ということです。
今の研究は多くのプロセスが関わるため、それぞれのプロセスだけで最適化を図ってもそれらを統合したプロセスとして考えると最適値はまた違う結果になります。
それなのにまったく別々にやっているため、または一緒にやっていても担当プロセスだけ最適化を図るため無駄だらけということになるのです。
もちろん、ある時期までは1つ1つのプロセスを深く理解するために1つ1つ取り上げて研究していく手法は賛成ですが、そこから得られた成果を逐次統合プロセスへ反映させなければ意味がありません。
しかし、そのワークショップでは表面上はそういう発言をするものの本気で互いの成果を歩み寄る気はないようです。


業務仕分けの際に「無駄」という観点から「研究開発」に対しても向けられましたがまさに無駄だらけです。
そして、その無駄が発生する理由は「研究者の仕事を作るための研究」にお金がむかっているからと感じました。
そういった情況では「2番で何が悪いんですか」という質問に対して正面から意見することは不可能でしょう。
こういう情況を作る1つの理由として恐らく官庁の「減点主義」が効いていると考えます。
間違いを必要以上に恐れるため、研究資金を1つに集中させず全体に薄く広くばらまくため効果が薄い研究が数多く生まれていると思います。


こういった情況を打破するための方法としてこちらのアゴラに投稿されたものが参考になると思います。


政府研究開発投資における権威主義の弊害

一案は評価のプロセスを徹底的に公開することである。事前評価の段階では、個々の提案を個々の評価者がどのように評価したか、その結果、どんな提案が採択されたかを詳細に公表する。事後評価も同様に行う。それを積み上げていけば、信頼のおける評価ができる評価者が次第に選別されていくだろう。政府から研究開発投資を受ける側についても、どの組織は成果を上げることが多く、どの組織は失敗が多いかが、目に見えてくるはずだ。


私の研究分野はバイオサイエンスでこちらは情報通信、そして権威主義についての批判と少し異なります。
しかし、結局は同じことで必要なのは「開放」だと思います。
自分達の世界だけでこねくりまわしているからこういうことになるわけで、それぞれの評価を徹底して開放すればいかに無駄だらけかわかるでしょう。


今回初めて国のプロジェクトに関わりましたがよく言われる「国が金をだした分野は成長しない」ということがよくわかりました。
参加する企業もそのことを知ってか知らずかはっきり言って力を入れているように思えません。
その理由は簡単で大手企業ならいくらでも優秀な人材がいると思いますが、実際に担当する人材の質はかなり低いのです。
恐らく企業の出世レースでもやはり出世頭はその企業のメイン事業に振り分けられるのでこういう後からわいたようなプロジェクトに割かれる人材は傍流なのかなと思います。


こんなことを実際に体験してしまったので国のプロジェクトには二度と関わりたくないというのが正直な思いです。
幸い上司が民間出身なので同じような思いがあり、維持でもプロセスを統合させようと躍起になっているのが救いです。
やはり国を変えるのはビジネスなのかなと改めて思いました。


07:55  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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