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2010.08.29 (Sun)

インセプション

先月に引き続き映画を見てきました!

インセプション

ストーリー
コブ(レオナルド・ディカプリオ)は人が夢を見ている最中に、その潜在意識の奥深くにもぐり込んで相手のアイデアを盗むことのできる優秀な人材だった。彼は、企業スパイの世界でトップの腕前を誇っていたが、やがて国際指名手配犯となってしまう。そんなある日、コブの元に“インセプション”と呼ばれるほぼ不可能に近い仕事が舞い込む。
yahoo映画より


なんとなく時間が空いていたので見に行ったこの映画、とんでもなく面白かったです!
潜在意識に入り込むという情報は前もって知っていたのですが、インセプションということがどういうことかわかっていませんでした。
要は「刷り込み」とでも言うか、相手の潜在意識に入り込んでアイデアを奪うのではなくアイデアを「植え込む」わけです。
そうやって相手に気づかれないように植え込むことでそのアイデアをまるで「自分が考えた」ように刷り込ませることが今回の映画の目的です。


この映画の1番の魅力はこの世界観でしょう。
この世界観に1番近いものは「マトリック」だと思いますがあちらはアクション映画です。
あの映画の世界観をそのままサスペンス?いや違うな…どのジャンルかわからないけれど知的なバトルとして描いたのがこの作品です。
もちろんアクションも多いのですがそこに魅力があるわけじゃなく、色々と制約があるなかでいかにそれをクリアしていくかというとこに面白さがあります。
出てくる自分物も「設計師」「偽造師」「調合師」など漫画好きには思わずニヤリとしてしまうキーワードが入っているのも魅力的ですね。


いつも映画の感想を書いてて思うのはネタばれさせずに書くのが難しいのですが今回は特にそうだと思います。
とにかく内容が込み入っているんですが、それを見事に綺麗なストーリーとして描いているんです。
ただし、マトリックを初めてみて「?」だった人は絶対見ない方がいいとは思いますが、それでもわかりやすくなってる方だと思います。
特に「仮想現実」を舞台設定とした話ってマトリックス以降けっこう出てきたように思うので馴染みやすくなってるとも思いますし。
今回の場合は「夢」に入り込むのでマトリックスよりはむしろ分かりやすい部分がありますが、馴染みがある夢だからこそ「なんでそうなるの?」という部分は多々あります。
特に人の深層心理を他段階構造としてとらえて、それらの中で連続的に色々なことが起こるので非常に複雑です。
しかし、そこを理解するととっても面白くて、その階層間での連続したやり取りに上手さを感じてしまうわけです。


夏の最後としては最高の映画で締めくくれたように思います。
この映画はこの手の映画が好きな人はぜったいはまるはずなので是非見てください!
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23:49  |  映画  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.08.16 (Mon)

電子〇〇

今日は前にもとりあげた電子○○に関するエントリーです。


最近は電子カルテや電子教科書などについて批判的な意見が非常に目立つと感じています。
もちろん賛成意見もたくさんあるけれど批判的な意見に勢いがでているように思えるのです。
もちろん新しいものが出れば賛否両論、それぞれの意見をぶつけ合うことでよりよいものになっていくため批判がでるのは健全なステップだと思います。
しかし、この電子○○に関することについてはそういった健全さを感じません。


電子○○に対する批判のもっとも多いパターンは「紙じゃないと○○の良さがない」というものです。
これは例えば「紙独特の味わいがない」など紙の良さをだして批判するパターンです。
しかしこれは非常に感情的な批判の仕方でありまったく意味のないものだと思います。
個人的に「紙が好きだ」ということを「電子と紙」の構図の中に当てはめてもまったく議論に幅がでません。
自分がどちらが好きかという問題ではないのです。


では建設的な批判とはどういうものでしょうか。
私が最近みた例として池田信夫氏の電子教科書に対する批判です。

「デジタル教科書」というバラマキ

いま日本の教育の抱えている問題は、単に「デジタル化」することで解決するような簡単なものではない。英語教育ひとつとっても、TOEFLで北朝鮮にも負けるような状態なのに、英語のしゃべれない教師をクビにできない。ちゃんとした教育をする学校を選ぶと、高いコストがかかる。文部科学省と日教組がタッグを組んで競争を排除しているため、一律で非効率な教育システムが変わらないのだ。こんな状態で生徒に端末を配っても、昔のBTRONのようにゴミになるだけである。


電子書籍はむしろ強く推進している方なのでてっきり賛成だと思っていましたが上記の通りです。
この批判の建設的なところは「そもそも電子教科書を入れる意味は何なのか」という本質で話をすすめているからです。
電子教科書は「日本の教育を良くするため」に導入するわけですが、その導入先のシステムがどうしようもないことになっているのに優秀な端末(例えばiPod)を入れたところで改善がなされない、という趣旨の反論だと理解しています。
私自身は電子教科書そのものには賛成ですが非常に考えさせられる意見だと思います。


残念ながらこういう建設的な批判は少数派で感情的なものは既得権を守るための批判が多いように感じます。
電子カルテに対しては医師会が反対しているようであり、医師の数を増やさないなどますます自分達を守る方向へ向かっているように感じます。
しかし、数日前の医師をしている友人と話したところ電子カルテに非常に賛成しておりむしろ導入して欲しいとの意見もでました。
しかし縦社会の医師の世界では若手の意見など通ることはないと思うので、当分の間「ユーザーのための医療」はでてこないでしょう。


何か新しいものがでてきたときに、それをすぐ使えるか、それともかまえてしまうかで今後の人生は大きく変わると思います。
「とりあえずやってみる」この姿勢でいてもなんら痛みはともわない、ということを知らない人達は「とりあえずやらない」ことが大きなリスクであることに気づくまで動けないのかもしれません。
私としては今回とりあげなかったけれど「電子書籍」がさらに進化して使いやすい形にならないか期待してやみません。
21:15  |  社会・政治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.08.07 (Sat)

研究とビジネスの架け橋

1週間くらい前になりますがとある学会でポスター発表してきました。
そして、なんとその発表にポスター賞をいただきました!
期待はしたけど予想はしてなかったことなどでかなり驚くとともに嬉しすぎてあんなにドキドキしたのは久しぶりです。
期待はしたけど予想してなかった理由は「応用」という側面からすればそれなりの成果だと自負しているけれど「学術」という側面からはなかなか厳しいと思ったからです。
たぶん普通の大きな学会だったら賞は絶対に取れなかっただろうと思います。


そして今日書きたいのはこの「応用」と「学術」ということに関する問題です。
ここでいう「応用」の定義は「実際にその技術を使うために行う研究」で、「学術」とは「論文・学会発表をするための研究」ということです。
そして、私が今携わるプロジェクトは最終的に応用を目指しているものですが、大学・公的研究機関も多くプロジェクトに参加しているので学術的な側面ももっています。
そして、この2つがあまりにも相反していることに非常に疑問を感じているのです。


このことはもう昔からあることなのかもしれませんがやはり実際にそういう場面に直面すると困惑するものですね。
例えば酵素を「酵素学」に則って出した値(例えばKm、Vmax、Kiなどなど)から考えられる特徴と、それを実際に近い条件での反応(基質濃度や反応時間などなど)がリンクしない結果がでたとします。
しかし、学術をメインにする参画機関はそれでも酵素学の結果にこだわるため会議でも議論が平行線をたどってしまいます。
でもそれはある意味しょうがないのかもしれません。
なぜなら学術で食べてる人はそれを否定されてしまうと参画することに意味がなくなるためもし気づいていたとしてもそれを認めるわけにはいきません。


今回のポスター発表ではその弊害がさらに大きくでたと感じました。
学術の側面で研究を進めると起きていることが様々なデータで定量的に把握できていることが重要となります。
しかし、今のプロジェクトでは複合酵素が研究テーマであり、さらに基質も不溶性なので全体像の把握は非常に複雑です。
なので多くの学術研究は複合酵素をばらして研究します。
しかし、そのバラバラになった状態の酵素は実際に使用する酵素とは大きくかけ離れた状態なのですがそういう観点での見方がほとんどありませんでした。
その反対に応用をメインとする私が所属する機関はとにかく実際に使えるデータがでてこないと意味がないので複合酵素を実際に用いる不溶性基質を用いて研究を進めました。
その結果、完全な後発研究であるにも関わらず今まで分からなかったデータがでて今回に至るということです。
決して綺麗なデータとはいえませんがそれでも今までこの分野では出てこなかった「実際に働く状態」に関する研究成果が出たわけです。


このように考えると応用をメインにしているプロジェクトに大学・公的研究機関が参画することにどの程度意味があるのかと疑問に思えます。
学術に関する必要な情報は論文や学会で収集できますし、さらには訪問して話を聞けばいいこだけのことです。
まったく目的が異なる集団を混合して本当にシナジーを示せるのか…私には不可能であると考えざるを得ません。
といってもまったくのゼロからスタートするのはより大変ですので大学・研究機関はターゲットとする分野に精通する1機関をメインにしながら進めるのがもっとも効果的だと思います。


今回のエントリーでは学術を否定するような書き方になりましたが決して否定しているわけではありません。
ただ、学術から応用への側面があまりになさ過ぎることを言いたかったのです。
私が尊敬するクレイグ・ベンター氏なんかは研究者というよりほとんど企業家という方ですが日本でももうちょっとそういう人物が現れてもいいんじゃないかと思うわけです。
研究分野に精通する一方、それをしっかり「利益を出せる」ものにできるビジネスセンスを持った人、またはその架け橋をする人が現れてもいいのではと。
もちろん、そういう方も著名な研究者でいますがやはりビジネスの世界を知らなさ過ぎる方が多いと思うからです。
少し前に仕分けで研究分野への削減が注目されましたが、そういう上辺だけを議論するのでなくこのようなことに対する問題定義をもっと公にすればよい方向へと向かうのではないかと思います。
23:53  |  研究  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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