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2010.03.31 (Wed)

教科書を塗り替える内容

先日の学会発表は無事に終わりました。
なのでそのとき感じたことなどをまとめておきたいと思います。


まずは自身の発表についてですが今回の発表は「プロ」になって初めての発表でした。
学生時代の発表がいかに甘いかよくわかります。
なので責任感が全然違ったというのが最初の感想です。
そして今回はけっこう注目されていたみたいで発表する教室は満杯で入り口で入れない人だかりができていました。
そんな中でも発表自体はそつなくこなし、質疑も問題なくこなせたので満足しています。

そして今回何よりも嬉しかったことは自分の発表ではありません。
それは、学会の最終日にプロジェクトリーダーがシンポジウムで発表したんですがその中で起こったできごとでした。
プロジェクトのリーダーは私のやった実験のデータをスライドを載せて話を進めていきました。
そして、そのときが来ました(*そのとき歴史が動いた風で)
質疑の時間にコメントされた方の発言です。


教科書を塗り替えるような内容ですね。



それを聞いた瞬間あまりに嬉しくて「そのデータだしたのは私です!」と声を出したくなりました!!!
あとで同僚とも話して「やったかいがあったよね」と喜びを分かち合いました。
まだまだ仕事を始めて間もないですがこんなに嬉しいことはないです。
そんな大それたことをした自覚はまったくないので少し戸惑う部分もありますが、とにかく嬉しいです。
ちなみにどんな内容かというと、その教科書的な現象はまったく起きていないためそのままやるとまったく意味のないデータを積み上げることになりますよ、ってなことを発表したわけです。
私にとってはまだ入ったばかりの分野なので染み込んでないせいかピンときていないのでしょうね。



さて、次は学会自体に対する感想です。
学生時代はとにかく何でも難しく感じて「すごいなぁ」くらいにしか思いませんでしたがやはり今は違いますね。
なんというか、データの裏が透けて見えるので素直に「凄い」と思える発表は少なく感じました。
基礎研究ならともかく社会問題(エネルギーとか食料とか)を解決するための研究なのに「それで本気で解決する気があるのか」と言いたくなる発表が山積みですね。
なんというか「自分の研究を社会に役立てる」という気概が感じられず「なんか面白そうだから」という浮ついた感じしかしないです。
日本はメーカーですら「特許を利益に結び付けれない」と言われているのに大学ならなおさらだということがよくわかりました。

あとこれはしょうがないかもしれませんが「結果が出やすい方法をとっている」ということも感じました。
その結果に意味があるかないかは問わずに「どうです!何倍にアップしたでしょう」とうまく見せる技術が透けて見えました。
ちょうど私がやった研究がそういうことを打破する研究だったのでなおさらよく見えてしまったのです。
もちろん研究をしていると先が見えないなかである程度の時期がきたら目に見える成果を出さなければいけないのはしょうがないのですが…意味のないデータを良いデータに見せるというのは本末転倒です。
何かもっと研究者を評価するよりよい方法があればいいと思うんですが…これは大きな課題ですよね。



帰り際に上司とも話していたのですが日本の若手研究者の未来はだいぶ暗いようです。
研究費は削られ、メーカーでも外資の勢いに押されて日本の研究者が活躍する場が昔に比べてだいぶ小さくなってきているようです。
そんな中でこのような学会ではなおさら日本の「バイオサイエンス」の未来は暗いのではないか、とそう思ってしまいました。
そしてだからこそ自分は「ぜったいに自分の能力を役に立てる」ことを第一に考えたいと思います。
仕事は趣味じゃありません、社会を動かす動力源の1つだと思っています。
今のプロジェクトは最短であと1年ですが、再び良いデータを示せるよう頑張りたいと思います!
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20:44  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.03.24 (Wed)

予想通りに不満足

前々回のエントリーでプレゼンのことについて書きましたがその続きです。

プレゼンを目上の人に見せたことがある人ならわかると思いますが、プレゼンって人に見せたら見せた人数分だけ変更していきますよね。
たぶんプレゼンにも王道といえるようなものがあるとは思いますが、基本的には個人の趣味が大いに入ると思います。
細かい部分まで入れると、それはもう無限大に指摘する箇所はあるのでしょう。


ここまでの流れ上、想像できるとは思いますが上司にOKをもらったプレゼンは上司の上司により大幅な改定がなされました。
しかし、怒っているわけではなくむしろ予想の範囲内です。
プレゼンを行うときの方向性としてなるべくデータ量を少なくしてスッキリ見せる方法とデータ量を多くして詳しく見せる方法があります。
前者は対外発表向きで、後者は内部で話し合いをする時などに向くと思います。
そしてうちの上司はバリバリの後者、もうすべてのデータを載せろと言わんばかりです。
初めて今の職場で発表資料を作成したときにいつも通り作ったら「もっと詳しく作成するように」と指摘されてびっくりしました。
もう、本当に実験条件もあれもこれもと全てを詳細に載せろと言うのです。
ですから今回も当然詰めまくったプレゼンにしました。
そして上司は予想通り満足し、上司の上司は予想通り不満足でした。


今回述べたいのはプレゼン技術というより「上司は予想通り満足し、上司の上司は予想通り不満足」なプレゼンを作成した理由です。
一生懸命作成したプレゼンが大幅改定をくらうとわかっていながらもそのまま作成した理由です。
その理由はズバリ「評価する人に合わせて作成する」ということです。
自分の評価をしてくれるのは直の上司であり、上司の上司に合わせる必要はないということです。
いや、ちょっと待てと思う人もいるかもしれません。
上司の上司が「彼はいいね」と思ってくれるかもしれない、という意見もあると思います。
しかし、基本的には上司の上司が評価する相手は上司であり、私のような兵隊ではないことがほとんどでしょう。
少なくとも私の職場の場合は「直の上司の評価」が絶対であるので外せないわけです。
もちろん「上司の上司の趣味は恐らくこんなんだからこうやって作った方が評価高いですよ」とまで上手に提案できたら100点満点だったかもしれませんが、今回はそこまで踏み込めませんでした。



職場によって自分を評価する人は異なると思います。
そして評価する人は人によって観点がまったく異なるでしょう。
それに対して感情的な対応をするのははっきりいって無駄です。
「自分と相手の考えが異なる」なんていうのは当たり前すぎて取り上げるほどのことではないからです。
だったら逆にそれを利用して、常に相手の「評価基準」をしっかりと理解し自分の評価を上げることを考えるのが合理的というものでしょう。
今、あなたを評価する自分物はどんな人でしょうか?


ちなみに今度は本番までに上司の上司の趣旨にあったプレゼンを完成させたいと思います。
なぜなら、それが「上司の評価」を得る最善の方法だからです。
20:49  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.03.22 (Mon)

国が認めた「日本的構造の崩壊」

年功賃金・終身雇用の議論は政治の世界だといまだ論争の的ですがデータとしてはっきりと示されたようです。


年功賃金・終身雇用崩れる 内閣府グループの実証研究で判明


内閣府経済社会総合研究所の濱秋純哉研究官らの研究グループが「年功賃金と終身雇用を企業が維持することが困難になった」とする実証的な研究の結果をまとめた。日本的な雇用慣行が事実上、崩れたことを裏付ける実証的研究は初めて。



「日本的な雇用慣行が事実上、崩れたことを裏付ける実証的研究は初めて」という箇所がすごく重要ですね。
つまり「これはもう事実なんだから議論の的ではない」ということであり、「その前提にたって今何をすべきなのか考える時期である」ということです。
もちろん「崩れたものを直すために企業は社員の保護に努めるべきだ」なんて亀井さんが言いそうなこと言ってたらダメです。
「崩したくて崩しした」わけではなく「維持できなくて崩れた」わけで、「維持できなくなった理由」を考えるべきですよね。


維持できなくなった理由はこれまた議論するよる内容ではないと思います。
経済学の素人である私でも「日本が先進国として経済的に成熟してきており、成長期のような追いつけ追い越せのキャッチアップ型の事業展開ができなくなり、またグローバル化にともなう水平分業化・賃金の構造的下降などの影響」ぐらいの意見は言えます。
もちろんこれは一部だとは思いますが、要は「あの頃(経済成長期)とは環境が違う」ということだと思います。


つまりこれからは「こういう状況で何をする必要があるか」のみを議論するべき時期です。
そしてその答えはネットで識者達が散々提言していると思います。
例えば、久しぶりに紹介しますが池田信夫blogでも「市場か、福祉か」を問い直すというエントリーで個人をベースにした透明で公平な所得再分配に移行せざるをえないということを述べています。
「せざるをえない」という表現を使っているように「したい・したくない」ということはそもそも議論にならないということです。


しかし、この「個人をベース」にした体制を受け入れられる人がどの程度いるでしょうか。
今まで散々国に頼り、何かあれば国が悪い、と判断してきた国民性がすぐに変化するとは思えません。
身近な例として学校や職場を思い出してください。
何かトラブルが起きたときに素直に「自分のせいである」とすぐに思える人がどれほどいるでしょうか。
残念ながら私の職場を思い返すと、何か問題が起きるた場合は「上司」と「会社」の悪口で終わることがほとんどです。
問題が起きたときに「じゃあ自分ができることは何だろう」とまず思える人がいないというのは悲しいものです。
自分のことは棚に上げる状態では「個人ベース」というものはとうてい受け入れられないでしょう。
つまり、この体制を築くのは政治的に非常に困難であることは間違いありません。


そして話を戻しますが、今回の「公的な結果報告」というものは非常に大きな力を発揮すると思うのです。
リンク先のグラフをみれば明らかであり、さらにその傾向が続くこともほぼ間違いないでしょう。
これだけの事実を突きつけられた時、そしてこの傾向が確実に続くことがわかった時、それは変化のチャンスではないかと思います。
たぶんマスコミはなかなか大々的に取り上げないと思いますが(自分達にとっても都合が悪いから)いつか取り上げないわけには行かない日が来るでしょう。
そうなったときに「そうだったんだ」という衝撃が流行していけば昨年のような「政治の転換期」がまたやってくるのではないかと期待しています。



来るべく日に備えて少しでも「職業人としての価値」を高めて「個人の責任」に答えられるようになりたいです。


21:38  |  社会・政治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.03.20 (Sat)

AsepticRoom流プレゼンノウハウ

仕事の話ですが、だんだんと学会発表がせまってきたので今週末はその準備にとりかかっていました。
そして久々の学会だったので前はどうだったんだろうと昔のデータを見てみたんです。
それがまぁひどいことひどいこと、よくこれで学会に出たなぁと思ってしまいます。
まぁ学生時代だったから仕方ないにしても本当にひどいもんでした。

でもこうやって昔の自分の仕事を振り返ると成長したという実感が湧きます。
過去の作品が酷いと評価できるのは自分が成長した証だと思うからです。
パワーポイントや発表原稿を作成しているときどの点に気をつけなければいけないのかが今ならはっきりと理解できます。
発表内容自体のレベルはいまさら上げることはできないので、出来ることをやらなければしょうがないですからね。

こういう「プレゼンの技術」というのは巷に腐るほど溢れているのでいまさら私が書くこともないです。
なんて言っちゃうとblog書いている意味がないので少しだけ紹介します。


1.「自分の言いたいこと」ではなく「聴衆が聞きたいこと」を話す


私の中ではこれが大前提です。
これができているのとできていないのでは発表の質がまったく異なると思います。
しかし「聴衆」と一言で表現してもその対象は様々です。
なのでどこに絞るかというと「自分にとってのステークホルダー(利害関係者)」に絞ります。
まず、私のようなサラリーマンにとって絶対に外せないのは「上司」、すなわち直接自分を評価する人間です。
学会発表の前に必ず上司の目を通すことになりますが、ここで「上司の聞きたいこと」を言えていなければ最悪です。
言い換えれば「上司が言って欲しいことを言えていない状態」ですね。
ここを理解するかしていないかで「サラリーマンとしての評価」は大きく変わってきます。
次に絞るべき対象は「自分の発表を確実に聞くであろう同じ分野の人間」です。
科学の世界とは狭いもので自分のやっている分野の大学・企業というのはだいたいわかっているものです。
その相手の研究を具体的に浮かべながら「聞きたいこと」を考えます。
とくに明確な競争相手がいるならなおさら意識する必要がありますよね。
ちょうど私も今回のデータは同じような手法を使っているグループがあるので、「相手が聞きたいと思っている内容のレベルを1つでも上げる」というのをかなり意識しています。


正直言えば上記したものができていれば問題ないのですがその他補足的なものをいくつか紹介します。

2.ストーリーの一貫性

科学研究の発表は「研究背景」があって「目的」があり「方法」、「結果」「考察」「まとめ」という感じで流れると思います。
この流れに一切ブレがあってはいけないということです。
これは当たり前のようですが意外と出来ていない例も多いのではないでしょうか。
「目的が○○なのにその方法は適切じゃないんじゃないか?」「結果が目的に即していないのではないか?」「研究背景とまとめに繋がりを感じない」など挙げればきりがないです。
そういったストーリーのブレを一切なくすことで発表を通じて綺麗に理解してもらえる状況ができると思います。


3.「知らない」ことを前提とする

発表でやりがちなのは「相手が知っていること」を前提にすることです。
自分にとっては毎日関わってきた実験なのでいつのまにか色々な出来事が当たり前になっています。
そして発表にもそういう部分が如実に出てきて、聞いているほうにとってかなり説明不足になる場合があります。
もちろん高いレベルの発表で「理解できる人だけすればよい」と考える場合もあるでしょうが、そんな立場にあるかといえば多くの人がNOでしょう。
実験1つ1つの手法などをいかい「相手が知らない」ことを前提で話すかで聴衆の発表に対する理解度が大きくことなると思います。
ただし、学会で難しいのは「玄人相手に発表する」ことが前提ですので本当に「当たり前のこと」を言うのは避けるべきです。
この「当たり前のこと」と「知らないこと」の線引きを見極めることが重要だと思います。
すくなくとも科学者というのはやっていることがほんの少しズレるだけで全然知らないということが多々ありますので見極めはより重要になると思います。



こうやって書いていると「自分の言いたいことは言わなくていいのか」と思う人もいるかもしれません。
そして、その答えは「もちろん言うに決まっている」ということです。
プレゼンをする以上、主体は常に「自分」です
その軸がブレている人はそもそもスタート地点にすらついていないと私は考えています。
「自分のいいたこと」と「相手が聞きたいこと」というのが存在し、そこにどう折り合いをつけながら「自分の主張をするのか」がプレゼンだと思います。
今回の上司へのプレゼンでも「このデータは絶対に出すべきだ」ということを主張し、上司の意向を汲み取りながら「そのデータをどうやってストーリーに組み込むか」を思案しました。
ここで最終的にいえるのはプレゼンというのは「1人よがりになるな」ということだと思います。


金曜に行った上司へのプレゼンは十分な評価が得られたと思うので次のハードルは「上司の上司へのプレゼン」です。
正直に言うとここが最大の関門で、上司とその上司はかなり感覚が違うので調整が難しいんです。
ただ、すでに直の上司のOKがでているのでこれからの評価は上司による上司の評価ということになるとは思っています。
プレゼンは違う人に見せれば見せるほど直す部分が増えるのでなんとか穏便に済んで欲しいものです…。



というわけで偉そうにかいたものの実際できていないと意味がないので練習頑張りたいと思います!
11:54  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2010.03.14 (Sun)

起業を潰す国

非常に面白い題材があったので紹介します!

起業したい若者に対する大人の本音


内容を簡単に説明するとエントリーの著者は「日本の若者の起業率が低い原因」の1つに「起業する若者に対する世間の目が冷たい」ということを考えました。
そこで1つの実験としてインターネット掲示板「発言小町」で若者のふりをして「日本のメーカーが嫌だから起業したいんだけど、どう思う?」と相談しました。
その結果は予想通り批判の嵐で「やっぱりね」という結論です。



私自身は非常に面白い実験だと思うんですが、リンク先のコメントを見るとここでも批判の嵐です。
確かに嘘をついて実験したことや、1つの掲示板を利用しただけで結論付けることに無理があるという意見はもっともだと思います。
しかし、発言小町や紹介エントリーのコメントから自分が感じることは日本に「批判の精神」が根付いているなと思い、そのことが重要な問題点ではないかと感じました。


ここからは感覚的な話になります。


時々聞く話として「日本は嫉妬の社会、アメリカはヒーローの社会」というものがあります。
これがどれほど現実を反映しているか証明しているデータを見たことがないのでなんとも言えないのですが感覚としてはあっているのではないでしょうか。
マスコミの報道の仕方もまさにそれを反映していて、最初は散々持ち上げて少しでもボロがでれば一気に叩くというやり方がまさにそれです。
自分のことは棚に上げてとにかく目立った人間が少しでも悪いこと(と言い切れないようなこと)をすれば叩いてスカッとする。
そんな性質を感じてなりません。


しかし、批判からは何も生まれません。
もちろん、犯罪行為や悪事等の法律に違反しているようなこと、他人を傷つけることを目的としたことなどを批判することは大事だと思います。
ただ、それはあくまでそういうケースに対してであり「アイデア」に対して批判することは何も意味がありません。
今の日本経済に足りない要因として「イノベーション」が挙げられますがイノベーションは誰にも予測することはできません。
ですから数多く生まれたイノベーションをとにかく試して残ったものが良いものである、という考え方しかとれないわけです。
また、起業も同様です。
日本より多くの起業環境が整っているアメリカでも企業というのはうまくいくものの方が少ないのです。
正確な数を忘れてしまったのですがだいたい100社が起業して最終的に残るのは1くらいだったように思います。
その「生き残った企業」を最初から予測することは不可能なので多くの起業家が挑戦することでそれを補うことができます。



上記のことを踏まえて今回のケースを考えると、そもそも若者の提案に批判する必要はまったくないのです。
たしかし原文を見ると「なんだか軟弱なことを言ってる若者だ」と憤慨する人がでてきそうな書き方です。
しかし、それに対して批判する必要はなく、もし軟弱だと思えばスルーすればいだけの話です。
それなのにまるで説教するような口ぶりで「自分は正しくてお前は間違っている」というニュアンスがビンビン伝わってきます。
少なくとも私は「相手のことを思ってアドバイスしている」というようには感じません。
さらに言えば「起業する」ということは軟弱でもなんでもありません。
もしそれが軟弱だと思うなら「あなたなら起業という決断ができますか?」と聞いてみたいものです。
むしろ起業家が1人でも増えることは日本社会にとって大変すばらしいことです。
アメリカからgoogleやApple、Microsoftが生まれた理由をもっとよく考えるべきだと思います。



最初に言いましたが今回の実験に問題がないわけではありません。
ただ、それ以上に面白い実験であると感じます。
インターネットの世界はすべて「自分で判断して自分で行動する」ことが原則なので若者のフリをして実験的質問をしたことも悪いこととは感じません。
そろそろ誰かに頼ることを前提にした社会ではなく「自ら社会を創り出す」という社会へと成熟する必要があると、今回の実験を通じて思いました。




20:55  |  社会・政治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.03.12 (Fri)

災難

いくらなんでもこの結末はないでしょう…


急加速の原因はブレーキとアクセル踏み間違え NYタイムズ紙で大学教授指摘

11日付の米紙ニューヨーク・タイムズが、トヨタ車の急加速の原因を「ブレーキとアクセルの踏み間違えだ」とする心理学者、リチャード・シュミットカリフォルニア大学ロサンゼルス校名誉教授の寄稿を掲載した



ニュースの内容だけ見るとまだ原因として断言はされていないようですがもし本当ならトヨタにとってとんだ災難だったでしょう。
いくらなんでも踏み間違えってと思いましたが、過去の例にもあるようです。
むしろ、確かに踏み間違えなら突然1件の事例が起きるということにも合致しますね。


これで今まで散々トヨタバッシングを行ってきた人たちはどうするつもりでしょうか?
アメリカの議会でも散々なこと言ってた人がいましたよね。
なんというか、いかにも「訴訟大国」という感じの結末です。


アメリカにとってこの「訴訟」というのは大きな問題だと思います。
聞いた話だとアメリカの保険料が高い理由も「大きな訴訟の1・2発で病院が破産する」という現状にも一因があるようです。
日本の会社がアメリカに進出する一番の問題もこの「訴訟対策」だと聞いたことがあります。
アメリカでも健康ブームがあり日本食なんかも売れていますが、だからといって「アメリカで健康食品を売る」ということは品物が良い悪いではなく「訴訟に耐えうる法的整備ができるか・できないか」が重要だと言っていました。


アメリカと日本では日常生活と法律の距離感がまったく異なるようです。
というより他民族国家と単一民族国家では違って当たり前ですよね。
他民族ということは共通のバックグラウンドを持っていないんだから「言わなくてもわかるよね?」という日本のような雰囲気は絶対にないんでしょう。
「違うことが当たり前」という世界では「法律で国をまとめる」ことが最重要だったと想像できます。


日本とアメリカは本当に両極端な国のように感じます。
なんだかその真ん中ぐらいのちょうどよい国はないものかと思いますが、そんなうまい具合には簡単にいかないのでしょうね。
今回のトヨタ問題については様々なblogで取り上げられていたので今後どのような展開になるか見守りたいと思います。
23:00  |  社会・政治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.03.10 (Wed)

会議の役割

怒涛の3日連続会議がようやく終了しました!
私の発表は2日目だったんですが疲れは1日目、3日目の方が大きいですね。
やはりずっと聞いているだけというのが一番疲れます。
もちろん必要なときには発言しますがやはり発表がないと話を聞き続けることになりますから。


それにしても日本人はなぜこんなに会議が好きなんでしょうか。
この会議は意味があるのか?と思うよなものもけっこうあると思います。
だけどひたすら会議をし続けますよね。
冗談みたいな話ですが、ある会社で「会議が長すぎる」という不満がでたので「どうやったら短くなるか」という議題で会議を開いたそうです(笑)
もう考え方がおかしいですね。


会議が無駄に長くなりすぎる原因は「会議の目的」をはっきりさせないことだと思います。
この会議では○○ということを決定する、などの明確な目的を参加者全員が共有する必要があります。
さらに時間をしっかり規定することも大事ですね。
しかし、多くの場合はこの2つがまったく守られていない状態です。
なんとなく現状報告を行い、問題点について焦点を絞ることなく思いついたことを並べその場で時間を気にせずダラダラと議論する。
そんな状況でよいアイデアが生まれるわけがないです。


フリスクのCMは面白いこと言ってますよね。
「アイデアが生まれる場所はどこですか?」
・ベット 22%
・公園 18%
・洗面所 7%
・トイレ 32%
・風呂 29%
・バス 17%
・ステージ 1%
・エアポート 4%
・プール 2%
・会議室 0%



さらに、例えば研究職なら多くの場合研究者同士の「雑談」から生まれるという話も聞いたことがあります。
そいういうリラックスした状況で思いつくままに話している状況がアイデアを出す適した環境ということでしょうか。


では会議の役割とは何でしょうか?
私の認識は「情報の共有化」です。
情報とは進捗状況などや問題点などかなり広義的にとらえた言葉として使用しています。
そうすることで「アイデアがでる土壌作り」と「トップが計画を立てる指針作り」の両方の効果があると思います。
そう、決して話し合う場所ではないということです。
もし問題点がみつかったらその場で話合うことはせず「明確な期限」を示して会議以外の場所で話し合うべきです。
そうでないと意味のない時間を会議に費やすだけでしょう。


会議に時間を費やす前に他にもっと時間を費やす仕事があるはずです。
全ての人に平等に存在する資産「時間」というものを大切にしたいものです。
20:37  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.03.09 (Tue)

日本の経済

日本の経済の現状についてわかりやすく説明してくれているエントリーがあったので紹介したいと思います。


日本経済の現状


それぞれの項目について私のような素人でもわかるようにコメントをつけてみました。
というよりそれぞれの用語をしっかり調べないと私自身全然中身がわからなかったので調べながら書いてます。



・家計貯蓄率について
1位:フランス、2位:ドイツ、3位:イタリア、4位:アメリカ、5位:日本 (2009年)


*意外な結果ですが家計貯蓄率とは単なる貯蓄ではありません。
原因の1つとして高齢化が挙げられるそうで、高齢者は当然稼ぐお金よりも使用するお金の方が多い(つまり貯金を取り崩していく)ので家計貯蓄率が低くなるみたいです。


・労働分配率について
1位:日本、2位:フランス、3位:イギリス、4位:アメリカ、5位:ドイツ (2006年)

*労働分配率とは下記の式で算出されるものです。
労働分配率 = 人件費・労務費 ÷ 付加価値
つまり日本はアメリカなんかよりも会社のお金を人件費に割いているということでしょうか。
最近の民主党の風潮としては「株主至上主義の是正」みたいなことを言っていますが現実はまったく逆ということです。


・企業の海外移転について
「今後、国内の生産機能・開発機能・研究機能・本社機能を海外に移転するか?」という問いに対する答えです。
多くの企業が生産機能を海外に移すと答える一方、同数の会社も上記の機能を移さないと答えています。

*生産機能を海外に移すというのはごく自然な発想ですよね。
それよりもなぜ同程度の数の企業が「移さない」と答えのかが不思議です。
移さないことに対する明確なメリットがあるのか、それとも単に国内嗜好が強いのか興味があるところです。
また、私にとって興味深いのは「研究機能は多くの企業が海外に移す気がない」ということです。
どうやら専門職の人にとってはまだまだ働く場所が国内にありそうですね。


・人口移動について
地方の人口減少率が都市圏と比べて顕著である。

*これも感じていることと実態が同じケースです。
都市に人口が集中すること自体はいいことだと思うのですが(効率が上昇するので)地方都市はどうなっていくのでしょうか。
地方都市に必要なのはまず「自立」なのではないかと「地方出身者」の私は考えています。
「政府」に頼っている地方には未来がなく、安くて広い土地をいかに効率的に利用するかを考えることが必要です。
実際に地元の人が立ち上がって活動を行い、うまく自立しているところもあるようなのでこの流れが少しでも広がるとよいですね。


・失業率について
潜在的な失業率が13.7% (2009年)

*まず失業率の定義について
労働力人口に対する失業者数の割合で定義される。失業者とは「働く意思と能力があるのに仕事に就けない状態にある人」を指すので、仕事探しをあきらめた人は失業者には含まれない。(Wikipediaより)
この失業率を完全失業率と呼ぶようで、式にすると下記のようです。
完全失業率(%)=完全失業者÷労働力人口(就業者+完全失業者)×100
それに対して潜在失業率とは文字通り「潜在的な失業」も計算に入れるものです。
例えば日本の制度として「雇用調整助成金」というものがあります。
これは例えば企業が経済的に苦しくなった時にそれでも従業員を解雇しないですむよう休業させて、その分を助成金で補うという制度です。
このような状態に置かれている労働者は完全失業率だと計算に入りませんが潜在失業率だと計算に含むので値が大きくなるというわけです。
実態を考えれば潜在失業率もいれてしかるべきだと思いますが表にでてくるのは完全失業率の値がほとんどなのでなんだか「事実を隠している」ようにも感じますね。
やはり自分で調べるに限ります。


・労働生産性について
1位:イギリス、2位:アメリカ、3位:フランス、4位:日本、5位:ドイツ (2007年)


*紹介エントリーの説明では「余剰人員が多い」ことが労働生産性が低い理由だそうです。
さらにはいつも言っているように日本は「ホワイトカラーの生産性が先進国で最下位」ということなので当然の結果と言えると思います。
気になるのがドイツですね…いままで気にしたことがなかったのですがけっこうやばい状態なんでしょうか?


・1人あたりの雇用者報酬について
1位:イギリス、2位:アメリカ、3位:フランス、4位:ドイツ、5位:日本 (たぶん2007年)

*雇用者報酬とは賃金と企業の社会保険料負担を合わせたものらしいのですがこの結果は不思議ですね。
労働分配率は1位なのに雇用者報酬は5位…、この結果は矛盾するものではないのでしょうか?
紹介エントリーでは「企業内部での再配分」と説明されていますが色々調べたけれど理解できない…。
想像では「労働者分配率は高いけれど社会全体のパイが少ないので最終的に労働者にいきわたる報酬がすくなくなる」って説明ならしっくりくるんだけどなぁ。


・法人税について
日本は諸外国と比較して「実効法人税率」が圧倒的に高い

*実効法人税率とは国税と地方税(法人住民税と法人事業税)の3種を合計したものです。
単純に国税だけでくらべると日本の法人税は低くなるのですが(30%くらい?)すべて合計すると39%と諸外国に比べて高くなるとのことです。
法人税が高い国に外資が進出する理由は当然なく、13%のシンガポールの経済が大きく成長していることも納得ですね。
法人税を下げると当然他からとることになり反感を買いますが、そういう感情的な対応ではむしろ国の経済を低迷させて最終的に損をしていることに気づかなければいけないようです。


・外資の上場数について
日本は圧倒的に少なく、少ない中でもさらに減少傾向である。
シンガポールはまったく逆で急激な増加が見られる。


*法人税の結果が完全に反映された状態です。
シンガポールの躍進をみればアジアでの地位は完全に失われたといっていいだろう」と表現されていますが、経済大国日本という表現はもう昔のことなのかもしれません。



総括すると日本の経済は問題点だらけだけど「政治的に解決が困難」なものであるように感じます。
法人税を下げるというのは労働者の感情に反する行為であるので選挙で掲げられる目標とは思えません。
しかし、それでもそういった「資本主義としてのシステム整備」を行わないとどんどん諸外国に置いて行かれることは確実であることがデータででていると思います。
まるで社会主義のような今の民主党にはこのあたりの改革を一切期待できないのが今の日本の一番の問題点かもしれません。
自民でもなく民主でもなく第3の勢力の出現を望みます。
しかし、その勢力が選挙で勝てるかは「事実が世間にどれだけ広がるか」にかかっていると思いますが、すくなくとも既存のマスコミでは不可能でしょう。
アゴラ」等のインターネット上の新しい論壇がもっと注目されないかと願ってやみません。
今の私にできることはこうやって色んな情報を噛み砕いて再配信したり紹介することだと思うので地道に続けていこうと思います。
20:38  |  経済  |  TB(1)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.03.07 (Sun)

アメリカの派遣

今回は「アメリカの派遣」の話です。

進む非正社員化

内容はアメリカの雇用状況についてです。
アメリカでも正社員ではなく契約社員として雇用に柔軟性を持たせようとしているとのことです。
そして、面白いのはそのような状況に対する評価です。

アメリカは「正社員」でも数年で転職するのがごく普通なので、労働市場の流動性は日本の比ではない。
しかし、それに対する論評は批判的なものではない。ネットを通じたネットワーキングはどんどん簡単になっている。
そのような状況で転職が増え、派遣のような雇用形態が広がるのは自然なことだ。


日本ならマスコミが即「市場原理主義の~」とか「株主重視の~」とか言って騒ぎ出しそうですがさすが経済大国アメリカといったところでしょうか。
自然な状況を自然なまま受け入れることが強さの秘訣のように感じます。

さらに下記のように続きます。

このような社会では個人の成功はたまたま勤めている会社ではなく、本人のスキルとそれに対する需要で決まる。
企業が従業員の雇用を保証する時代が終わることは、企業の命運に個人が巻き込まれないことでもある。
一つの企業で働き続けることが最も大きなリスクになる時代に変わりつつあるのだろう。


なんとも公平な社会だと思いませんか。
日本のような「新卒至上主義」で一気に採用して、たまたま不況などで就職できなかったりするパターンとは大違いです。
昨年・今年とだいぶ採用を絞ったそうなのでその世代の人たちはこれから相当苦しい経験をすることになるのでしょう。
そして日本で見られる「正社員はローリスク・ハイリターン、(一般)派遣はハイリスク・ローリターン」のような格差とはちょっと違うということです。



アメリカではさらに労働人口の流動化が進むということですが日本の場合はどうでしょうか。
私が考えるに日本の場合はさらに格差、すなわち「正社員と一般派遣」の差が広がるでしょう。
厳しい雇用規制がそう簡単に緩和されるとは思いませんし、正社員の椅子に座れている人たちは規制緩和に大反対すると思います。
そうなると政治的に「雇用規制緩和」を訴えることは非常に困難なのでそういう政治家は現れないか、現れても当選しないでしょう。
すると一般派遣社員は益々「正社員の雇用条件を守るためのバッファ」としての存在意義が強くなっていくと思います。
さらにある程度年齢を過ぎると「年功序列」で給料が決まる社会では正社員の道が完全に閉ざされていまいます。


さらにグローバル化の波は押し寄せる一方です。
賃金低下圧力は構造的な問題なので日本の政治だけでは絶対に解決不可能な問題です。
生産拠点が海外に移れば働ける人の分母が下がり、派遣どころか失業という最悪の状況に置かれる人々は益々増えると思われます。


なんだか考えれば考えるほど悪い状況しか思いつきません…。
幸いなことに自分は代替があまり簡単ではない専門職についていますが、こういった専門職と一般職(と表現すればいいんでしょうか?)の差は大きくなっていくのかもしれません。
これからの時代はまさに「個人の力」が鍵になっていくのでしょう。
少なくともはなから誰かに頼る発想ではもうやっていけなくなると思います。

最後に頼りになるのは「自分」であることを忘れずに日々過ごしていきたいです。



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2010.03.06 (Sat)

自分に賭ける

今日は昔のエントリーを掘り起こしてみました。

自分という会社の社長になる!経営権は全て自分のもの!

今でも覚えていますがこの言葉を贈ってもらって非常に感動しました。
学生時代に想像していた日本のサラリーマン像は「会社の奴隷」というものだったのでまったく逆のイメージを持つ言葉ですよね。
残念ながら社会にでてから周りをみてると「社長」になっている人はあまりなく「奴隷」になっている人がほとんどですが…。
それでも今のところ何とか自分は自分の経営権を保守できているのではないかと思っています。


これに関してさらにレベルの桁違いなエントリーがありましたので紹介します。

モメゴト

タイトルはなんだかネガティブな感じですが内容は熱いです。
なんてったって本当にCEOをやっている方なんで当たり前といえば当たり前ですがまさに「自分の会社」状態なわけです。


もともとギャンブルはやらないほうでしたがベンチャーをやり始めて以来というものギャンブルには全く興味がなくなりました。
全然ドキドキもしないしBetするなら自分の会社だと思うので。



「Betするなら自分の会社」ってフレーズに痺れますね。
会社を設立するという行為はまだ想像ができませんが、当然全ての責任を自分が負うことになるわけなので遣り甲斐とプレッシャーが相当なものなんでしょう。
そんな状況では「ギャンブルで1発当てる」という行為に意味を見出せないのも当然です。
これを自分のレベルまで引き落とすならまさに「自分自身に賭ける」ということになるんでしょうか。
どんな環境になろうと変えることができるのは自分自身だけなので当然ですよね。
歳をとると「自分ってこんなものだろう」と思ってしまうものかもしれませんが、あまりにもったいないです。
出会いの数だけ・経験の数だけ成長があると思っているので自分に賭ける行為をやめる気にはなりません。
というか私の場合はビジネスという意味ではまだ何もなしていない状態なので早くスタート地点に立ちたいと思っています。
ただし、この1年間の仕事はかなり充実したものだったのでスタート地点に着く準備は少しずつできているのかなとも思っています。


いよいよ報告会が週明けに迫ってきました。
絶対外せないポイントというのがあると思いますがまさにここ1番の舞台です。
もちろん月末の学会も外せないので今月の山場第1弾といったところでしょうか。
今まで積み重ねてきたことを生かすためにもバッチリ決めてきたいと思います!



19:09  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.03.02 (Tue)

仕事に働かされる状況

今日はYahooニュースより。


ノーベル賞受賞者も実践! 究極の時間術「棚上げ・不完全法」


【日常カイゼンのコツ】
point1…わからないところは飛ばして進む
point2…不完全になる勇気を持つ
point3…いい加減を「良い加減」で使いこなす



まさにいつも考えている部分点法(今ネーミングしました)と同じで非常に共感したエントリーです。
「仕事」は「テスト」と違って曖昧さを多く含むと考えています。
そんな曖昧なものにたいして「完璧に対応しよう」と思った瞬間だめになるんですよね。
なので狙うは常に「部分点」であり、それを積み重ねることで最終的に「満点」となっていれよいというわけです。


だけど1つだけ耳の痛い話がありました。
それは

「デキる」人間は休暇の残りで仕事を組み立てる

という部分です。
仕事をする上で効率よくやろうと思っては居ますが現在の状況は「休暇の残り」とは言いがたい状況になっています。
なんというか「仕事の残りで休暇を過ごす」といった表現がピッタリです。
そして多くのサラリーマンが同じような状況なのではないでしょうか?
物理的な問題だけではなく精神的な問題として「仕事の残り」という感覚で土日を過ごしているように思えます。
そして、そんな状況に「仕事が充実している」と満足している人も多いと思いますがもれなく私もその1人です。
しかし、心のそこでは今の状況が正しいと思っていません。
確かに「忙しい時期」ってのはどうしたって存在するけれど、そん中で優先順位を考えながらしっかり仕事を組み立てることが必要だと思っています。

仕事に支配されるんじゃなく仕事を支配する

そんな風に働きたいと改めて思いました。

著者は火山の研究者で温泉を楽しんでいるようですが、幸いなことに私にも「音楽」というかけがえのない趣味があるのでたっぷり楽しみたいと思います。
22:48  |  自己啓発  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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