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2010.01.30 (Sat)

大学での論文とメーカーでの論文

研究に欠かせないツールとして「オンライン論文」があります。
論文は「Nature」や「Sciense」などの雑誌として公表されますが近年はその利用方法はオンラインがほとんどでしょう。
Pudmedなどで論文検索してオンラインのまま読んでもいいしpdfを印刷して手に入れてもいいし、とにかくオンラインを通じないと始まらないという状態です。
私が大学でに研究室に配属された頃にはすでにオンラインは当たり前だったのですが、昔は雑誌1つ1つから探してコピーとかしていたんだなと考えると相当便利になったんですね。
そんなオンラインについて下記のような情報がありました。

オンライン雑誌の価格が上がり続けている

オンライン雑誌の値段なんて全然意識したことがなかったんですが相当高いようですね。
東京大学は年間約10億ということですから、小さな大学ではとても手が届きません。
値段が上がった背景もなんだか怪しいようですが…やっぱり独占業ってのは強いみたいです。

このオンラインはどれだけ包括的に契約しているかで利用が違います。
大学時代は最新論文がほとんど読めなかったので新しい論文は「複写依頼」を行って1つ1つ手に入れていました。
前のメーカーではさらに論文が読めずになかなかうっとうしい思いをしたものです。
そして今の研究所では独立法人化したものの昔は国の機関だったのでさすがというところでしょうか、ほとんどの論文を読むことが出来ます。
これらの違いは本当に大きなもので、自分のやっている研究の最新情報にストレスなくアクセスできるというのはかなりの強みです。
やっていることが被っていたりしたら最悪なので日々チェックしながら自分がその分野のどの位置にいるのかを確認しているわけです。



そんな論文なんですがどうも最近は大学とメーカーでは捉え方がだいぶ違うなという思いをもっています。
大学は一般的なイメージとして当然論文に対する見識は深いように思えますが、実は以外とそうではないようです。
どういうことかというと上記した「その分野のどの位置にいるか」という感覚が抜けているように感じます。
大学としては「ようは自分のやっていることが通ればよい」という意識をもっているようで、仕事の仕方としては「とにかく縦に深い穴を掘り続ける」というイメージです。
対してメーカーでは「特許」という大事な目的があるので研究開発を行う際に「その分野のどの位置にいるか」というのは生命線です。
もし何億もかけた研究が他と被っていて特許が通らなければ無駄金になります。
それを避けるために研究開発を始める前に徹底的にリーサーチを行いどこに「穴」があるのかを探すわけです。
大学が縦に穴を掘っているとするなら、メーカーは横へ横へとリーサーチをかけて穴が開いていない場所を探すというイメージでしょうか。
ですから以外と大学の先生はある分野にいたとしても、ほんの少し横にずれるだけで「それはわからない」ということが多いようです。


この後の話はだいぶ感覚的というかそれぞれの趣味の問題になりますが、どちらが好きかと言われればやはり後者です。
これらのことは社会に出てからはっきりと自覚できたんですが、やはり博士に進まなくて正解だったかも…。
日本では博士から大学・研究機関以外への道はゼロではなくてもやはり厳しいようですからね。


というわけで、これからも「商売」の世界で研究をやっていきたいと思います。
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10:38  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.01.28 (Thu)

iPad

Appleから新しい製品が発表されました!

Apple、タブレット型コンピュータ「iPad」発表、499ドルから

私はiPodユーザーですが使っている型は非常に古いです。
なんと第3世代!使っている人を見たことがありません。
なのでiPod touchが欲しいなぁ、とずっと思っていたのですが買わずにここまで来ていたらちょっと種類は違うもののまた新しいものがでましたね。
新しいもの好きってわけではないのですが、基本的には新しい情報がでたらすぐチェックするようにはしています。
少なくともネットブックを買うくらいなら絶対こっちの方がかっこよくて便利でオシャレですね~。


最近は本当に新しいITサービスがどんどんでてきています。
振込みはネットでできるから最近は銀行になんて行く必要がないし、音楽も映画もネットで買えるし、年賀状ですらネットで対応可能です。
これらのスピードには若い人でもついてきていない人が多く、最近は「ITリテラシー」なんて言葉もありますよね。
ITサービスを使いこなせる人と使いこなせない人とでは思っている以上に差があります。
ある人には当たり前のサービスが、それを知らないでめんどうなことをずっと続けているってのは不毛なものです。


新しいITサービスの恩恵にあずかるには常に情報を手に入れるように心がけていないとできないものです。
この変遷の早い時代に若い世代でついていけないというのはこの先の人生を投げているようなものだと感じます。
「そんなものなくてもなんとかなる」と思っている人は少なくともビジネスマン失格なのは確実でしょう。
ITのことを何も知らない経営陣が「わが社にもITシステムを!」とか言ってるからうまくいかない、というのはよく聞かれる話です。
まぁ5、60代の方々が知らなくてもしょうがないかなと思いますが少なくとも若い世代は知っていて当然の世代ですよね。
それでも、「Twitter」すら知らない若い人がけっこういることに驚かされます。
新しいものが必ず良いわけではありませんが、「常に最新の情報に触れる」という気持ちはもっているべきでしょう。


それにしても新しいPCを買おうと思っていたんですがこれは本気で迷うな…。
電車移動とかけっこう多いけどこれがあれば最高ですしね。
まだ情報が一次的なものしかないので色々でてきしだい決めるとしますか。
23:27  |  パソコン  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2010.01.27 (Wed)

今年1番の映画!

私は映画が好きでよく見るんですが、今年のお勧めはなんといっても「アバター」でしょう!
「今年の」とすでに銘打ってしまいましたがそのくらい面白かったんです。

アバターの一番のよさはなんといっても「映像美」これにつきます。
設定が地球外の惑星の話なので何をやってもOKなわけですが、これでもかというぐらい自然が綺麗なんです。
夜になると森の中は光る植物で埋め尽くされてどんな夜景も敵わないくらい美しい。
動物との交流も地球の生態系では考えられないようなコミュニケーション方法をとり本当に自然と一体になっています。
私自身が農学部出身で自然が大好きなので本当に羨ましかったです!

また、ストーリーも面白いですね。
発想としは「マトリックス」を連想させるもので、機械の中に入ってその惑星の人間型生物と人間のDNAを組み合わせて作られた「アバター」となり活動します。
そして惑星の原住民と言えるような存在とコンタクトを取っていきますが、その流れがベタであるものの面白い!
たぶん新しすぎる「完全3D」という映像を「ベタなストーリー」が中和してくれるんじゃないかと思います。
ネタばれするのであまり書きませんがストーリー事態は非常にわかりやすく感情移入もしやすいので感動もあります。

つまり「マトリックス」や「ロードオブザリング」「ハリーポッター」のいい要素を全部入れたような映画ではないでしょうか!

そしてこの映画は3D上映もしています。
3Dメガネをかけてみるとまるで自分がその場にいるような臨場感があり、アメリカでは「アバター鬱」なるものがあるそうです。

リアルすぎて現実に嫌気「アバター鬱」続出ってホント!?

他にもこの映画を見ていて興奮しすぎて亡くなった人がでたなど噂はたえませんがそれくらい凄い映画だってことでしょう。

そして1つ問題が…映画を見た後に3D上映の存在を知りました…。
といっても最初から知っていたとしても普通のバージョンを見ていたような気がします。
しかし、あの映画を知った今となってはなんとなく心がざわつきますね。
心の奥で言っています「3D上映を見ないと後悔する…」と。
こういう心の声には従った方が良さそうです。
さっそく近いうちに見に行くとしましょう!


映画「アバター」見ないと絶対後悔します!
21:46  |  映画  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2010.01.23 (Sat)

googleの理念

みなさんは職場に行くと服装はどんな感じでしょうか?
大概の場合は「スーツ」と答える人が多いでしょうね。
ただ、私のような技術系の仕事になると「私服」という答えも多くなってくるかもしれません。
私の職場は研究室なので「白衣」か「作業着」でいることが多く、基本は「私服」です。

私は正直スーツを着るのがあまりすきではありません。
何が嫌いかと言うと「スーツを着てるだけで仕事してる気になる」のが嫌だからです。
女性は男性のスーツ姿が好きだという意見をよく聞くのでファッションアイテムとしてはいいと思いますが、仕事着としての選択はなるべく少なくしたいと思ってました。

そんな考えをずっと持っていたのですがなんとgoogleでも同じ考えを持っているようです!
グーグルの理念は以下のようなものです。

1.ユーザーに焦点を絞れば、他のものはみな後からついてくる。
2.1つのことをとことん極めてうまくやるのが一番。
3.遅いより速い方がいい。
4.ウェブでも民主主義は機能する。
5.情報を探したくなるのはパソコンの前にいるときだけではない。
6.悪事を働かなくてもお金は稼げる。
7.外にはいつも情報がもっとある。
8.情報のニーズはすべての国境を越える。
9.スーツがなくても真剣に仕事はできる。
10.すばらしい、では足りない。



そう、スーツがなくても真剣に仕事はできるんですよね。
「スーツを着ると気が引き締まる」とかよくいいますが、私からすると「スーツを着ないと気が引き締まらないのか」と思ってしまうわけです。
そんなことしなくても「これから仕事だ」と思うだけで気は引き締まります。

そのほかの理念もいいものばかりですね。
「遅いより速いほうがいい」というのも単純ですがとても大切なことだと思います。
即断・即決はビジネスにおいて非常に重要じゃないでしょうか。

最後の「すばらしい、では足りない」は厳しいハードルです。
でも世界に名だたるIT企業としては当然の目標なのかもしれません。
「すばらしい」の1歩先にこそ価値があると考えることはインフラにお金がかからないIT企業の生き残り戦略のようにも感じます。
いかに新しいサービスを提供するか、そのアイデアで勝負がつく世界なので「すばらしい」程度の考えでは足りないということなのでしょうか。
う~ん、貪欲ですね。


日本にもgoogleのような会社が出てくれば面白いと思うのですが、なかなか難しそうです。
M&Aが株式交換でできるならgoogleは日本のほとんどの会社を買えちゃうという驚異的な企業です。
もっと日本にも「自由」な風が吹いてほしいですね。
13:02  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.01.19 (Tue)

犯罪を裁くのはマスコミじゃなく司法!

最近のニュース報道について正直イライラしています。
何についてかというと小沢幹事長の金をめぐる一連のニュースです。


イラついている理由はいわゆる「政治と金」の問題ではありません。
もちろんもし本当ならあってはならないことだし司法の場で裁かれることになれば辞任は当然でしょう。
しかし、今の日本で本当に報道すべきことはそんなことなんでしょうか?
日本では経済に関わる様々な問題が山積みとなっているなかそんなくだらないことに政治の時間をさいてほしくありません。
もし法律に違反していれば司法が裁くし、違反していなければ無罪となる。
たったそれだけの問題です。
そういうことは司法にまかせればいいんであってマスコミがこの大事な時期に時間をかけすぎじゃないでしょうか?
本当かどうかわからない1次情報を垂れ流して「世論は70%が辞任を…」とか言って騒ぎ立てているだけです。
世論はマスコミの情報にしか触れていないんだからそうなるのは当然でしょう。
よく「説明責任がある」とか言っていますが、説明しなくてもやっていればいつか捕まるしやっていなければ問題ない。
その程度の話じゃないでしょうか。
もし「有罪」となれば正確な事実が世間に流れるだろうから今騒ぐのはマスコミの「ネタ提供」に過ぎないでしょう。


なんというか、日本ってほんと緊張感が足りない国ですね。
よく大きな会社に勤めていると「大会社病」と言って「自分の会社はなんだかんだで絶対潰れない」と思ってしまう傾向があるそうですが、その国バージョンみたいなものでしょうか。
財政破綻はある指標では「100年以内に99%以上の確立で破綻する」と言われていますが、100年以内はちょっと長いですね。
他の意見では今のまま何も変わらず行くと10年以内に恐らく財政破綻する、というものもありいつまでも「大会社」に勤めている気分ではいけないのでしょう。


さらに世界に目を向けると「ハイチの被災」が凄いことになっていますが、これ対する日本の対応もかなり遅かったようですね。
なんとなく「国際アピールの場」になっているようですが、そういうパフォーマンスも大事でしょう。
少なくとも「日本の一議員の問題」についてこんなに時間を割いている時ではないのは確かです。


野党も与党もくだらないことに時間をかけて国会の時間を無駄にせず「今の日本に必要な議論」に時間をかけてください!
21:27  |  社会・政治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.01.15 (Fri)

女性が働くと映画になる

たった今テレビで「プラダを着た悪魔」を見ました。


<ストーリー>
大学を卒業し、ジャーナリストを目指してニューヨークへとやって来たアンディが就いた職業は、一流ファッション誌“RUNWAY”の編集長ミランダ・プリーストリーのアシスタント。オシャレにとことん疎い彼女は、それが次へのステップになればという程度に考えていた。だから、ミランダが何者かもまるで分かっていなかった。彼女こそは、その絶大な影響力に誰もが恐れおののくファッション界のカリスマだった。朝も夜もなく四六時中浴びせられるミランダの理不尽な命令に、いつしかアンディの私生活はめちゃくちゃに。恋人ネイトともすれ違いが続いてしまう。こうして、早くもくじけそうになるアンディだったが…。



この映画はやってた当時は全然興味がなかったんですが、見てみたらかなり面白いと思いました。
主人公のアンディは最初は真面目な文系女子といった様子でオシャレも全然興味なし。
それがファッション界のカリスマである仕事の鬼ミランダの元で働くにつれてどんどん綺麗になっていくんですが、それはこの映画ではたいしたことではありません。
むしろこの映画では「女性の働く姿」について強烈なメッセージがあるように感じました。

ミランダは上記したように仕事で生きている女性です。
部下をアゴでこき使い、こんな上司がいたらたまらんだろうなと思います。
しかし、その裏には自分の仕事に対する誇りがあり情熱を感じます。
ファッション業界のことを知り尽くし、自ら育てたデザイナーは数知れず、世界を飛び回っています。
ミランダのことを表現したアンディの次の言葉は非常に印象的です。

「ミランダは悪魔だけど、彼女が男だったら有能だと認めるはずよ」

これは本当に鋭い指摘です。
アメリカの映画でこんな表現が出てくるなんてちょっと驚きましたが、日本ならなおさらミランダは「悪魔」と表現されるでしょうか。
そのミランダの最後のセリフが圧巻でした。


「皆が私たちのようになりたいのよ」


このセリフの重みは映画をみないとわからないと思いますが、かなり痺れました。
逆にアンディはこのセリフを元に会社を去って別の道に行きましたが、最後のシーンを見る限りは決してミランダのことを否定していません。
ミランダは仕事をするうえで非常に冷たい決断をする人ですが、それは色んな意味をひっくるめて「誇り」を持って仕事をしている証拠だと思います。


上記したようにアメリカ映画でさえあんなセリフがあるのに、日本なんてもっと女性が働きにくい国でしょうね。
というか、そんな現状にほとんど女性自身が諦めているようにも感じます。
確かにあまりに大きな壁がありすぎるので気持ちはわかりますが、そういう女性に会うとやはり残念な思いがしてなりません。
少なくとも映画を見ていて最初のアンディからどんどん変わってしまい、途中は彼にも見放されましたが自分には非常に魅力的に写りました。
男女問わず夢に向って本気で仕事をするってのは素晴らしいことだと思います。
もちろん「主婦」が夢ってのもありなんでしょうが、家の中に1日中閉じこもることが「夢」というのは少し寂しい気もしますね。
正直言えば子育てもある程度育てばそれ以降は母親が手をかければかけるほどしょうもない大人に育つ、という感想を持っているので働く母親ぐらいがちょうど良いと思います。


残念ながら日本で女性の活躍の場が増えるのは当分先でしょう。
特に自分が働く理系の職場、メーカーなんかでは壊滅的ですね。
生物的な性差があるのは当然ですが、そういうのも含めて男女が肩を並べて働ける時代が来ることを願ってやみません。


というわけで久しぶりの映画紹介「プラダを着た悪魔」お勧めです!
23:20  |  映画  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.01.13 (Wed)

教師は教育で育たない

アゴラを読んで初めて知ったんですが「養成課程6年制」の計画があるみたいです。
目的は「教員の質を上げること」らしいですがちょっと考えられないです。
4年間の教育を6年したら教員の質が上がるってどういう考え方が基本になっているんでしょうか。

例えば理系の場合は4年生になって初めて研究室に配属され実験を行います。
それまでも実験は行いますが、それは「学生実験」と呼ばれる「用意された実験」です。
研究室に配属して初めて「結果がわからない実験」をすることになります。
なので実際に研究を行うのは4年生からと言っても過言ではなく、その1年間で基本的な技術を学びます。
ですから、理系の場合は4年生で卒業と言っても実は1年分の経験しかしてないことと同じようなものです。
*あくまで研究ということを職業にしたい場合
そのため大学院に進んでプラス2年間学ぶことは大きな意義があります。
4年生でやることはあくまで基礎で実戦はまさに院生からでありそこで成長できるかどうかが理系人材の分かれ道なんじゃないでしょうか。

では教育学部はどうなんでしょう。
私自身が教育学部ではないのでうかつなことは書けませんが、教育学部の友達はいたし何より姉が教育学部でした。
その結論からすると教育学部はプラス2年間をすることで「教員としての質が上がることはない」でしょう。
アゴラでは「志望者が減ることで偏差値が下がる」と結論されています。
私はさらに「教員としての質はそもそも教育で上がるものではない」と思うわけです。

塾講師のように「受験に特化したエキスパート」ならそれも可能かもしれません。
受験に絞れば大学ごとに対策を調べたりとやるべきことがはっきり見えてきます。
とある塾なんかの有名講師だと出版代で億単位の年収があるとかないとか…。
そのくらいはっきりした指標なんだと思います。

しかし、教員の指標ってなんでしょうか?
私は「人間性」だと思います。
ちょっと違う言い方をすると「人間力」とでもいいましょうか、とにかく人そのものの力だと思います。
例えば
「悪いことをした時は素直に悪い・良いことをすれば素直に良いと社会的観念に照らし合わせて評価できる」
「生徒に対して感情的にならず冷静に接することが出来る」
などです。
でもこんな先生いませんよね?
誰でも感情があるから好き嫌いがあるし、そういったことを押さえることは表面上できていても子供には読まれるものです。
少なくとも小学校・中学校時代、子供の自分からみて「この先生、子供だな…」と思った人は数知れず…。
みなさんもそんな経験をしたことはないでしょうか?

上記したようなことは座学での教育では絶対学ぶことはできないでしょう。
さらに私の偏見かもしれませんが、教育学部に行く人はなぜか精神的に成長していない人が多いように感じます。
そもそも先生というのは子供という「上に立って当たり前の存在」であり、そんな場所を目指す人が精神的に成長している可能性は低いように感じます。
また、先生になってからも子供相手の仕事なので、一般社会にでて大人相手にビジネスをする人に比べるとその精神的成長は遅くなって当たり前でしょう。

何より自分で言うのもなんですが「人間力」なんて指標はあいまいすぎます。
そんな指標を使って人を育てることはできないでしょう。
「道徳」の授業を何万時間やっても非行が減らないのと一緒です。
じゃあ受験だけ気にすればいいなら全部塾にした方が早いですしね。

私は正直言うと小学校・中学校という存在自体に否定的です。
詳しくは「いじめの構造 なぜ人が怪物になるのか」という本を読んでいただきたいのですが、ああいう社会から閉鎖された空間ではまっとうな精神は育たないでしょう。
先生が作った意味のないルールを守り、意味のない価値観を刷り込まれ、社会に出るとそれが一切通じないとわかる。
そんな学校に意味などほとんどありません。
本にあるような教育は夢物語かもしれませんが、自分に子供ができるならそういう場所で学んで欲しいものです。

話がそれてしまいましたが、とにかくこんな意味のない政策はやめるべきでしょう。
何故か政治は本質を嫌いますよね。
たぶん本質は難しすぎて選挙受けしないからわかってても選ばないんじゃないでしょうか。
「4年を6年に上げれば質は上がる」って言ってる方が単純だし何も考えず納得する人が多いのかも。
民主党にはそろそろ本腰上げて政治をしてもらいたいもんです。

21:07  |  社会・政治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.01.09 (Sat)

仕事のメルクマークは「目的」

仕事を行う上で私が大事にしている考え方があります。
それは「目的」と「問題」を一緒にしないことです。
最近それに関するゴタゴタが職場であったので例にあげてみたいと思います。


私の職場は研究活動をしているわけですが、その中であるトラブルが発生しました。
どんな職場でもトラブルはつきものだと思いますが、私の職場もその例外ではなくしょっちゅうトラブルが発生しその対応に追われています。
そして今回起きたトラブルは今までの中でもかなり大きなものなので全員で色々な方向から問題解決に取り組みました。


今回はそういった背景で起きたのですが、何がゴタゴタかというとそのトラブルを検証する方法についてです。
そのトラブルは何が原因で起きたのか?これを検証するための方法を1人が提案したのですが一部に問題があるため、他の研究員から「その方法はこう変更した方が良い」と提案がされました。
そのようにして方法にたいする問題点を挙げているうちに、一体何を解決したいのかがわからなくなっていたのです。


こういう場面で大事なのは冒頭で述べた「目的と問題を一緒にしないこと」です。
一言で「問題点」といってもそれが「何に対して問題なのか」を置き去りにすると「問題点」の数が膨大な量にふくらみます。
そうこうするうちに「あれもこれも問題だ」となるわけなんですが、じゃあ最初の問題は何だったの?と迷路に入ってしまうわけです。
しかし、仕事は本来目的がまず存在します。
その目的に対して問題になっていなければたとえそれが多少の支障があることだったとしても放置すればよいのです。
そして目的に対して直接問題となる部分だけを浮かび上がらせてそこから順に解決していくことがもっとも効率が良いと考えています。


なんだかわかりにくくなってしまったので1つ例を考えてみました。
実験である機器を使って測定をしていたとします。
その機器の実験誤差は±10%だとします。
この±10%という誤差はかなり大きなものだと実験者が考えてその誤差がより小さくなるよう機器の設定やら条件やらをいろいろ検討していたとします。
そうこうするするうちにいろんな設定をどんどんいじってどんどん問題点がでてきたとします。
そして実験者はそれに対応するため測定するための本来の実験はどんどんなおざりにされてしまいました。
しかし、本来の目的を考え直すと±10%という誤差は問題のない実験だとします。
目的だけ考えれば±10%という誤差は許容されるはずなのに、絶対値10という数字が大きいことにとらわれてそれに気がつかない。
つまり「「問題」がいつのまにか「目的」にすりかわってしまったという状況ですね。


あまりいい例じゃなかったかな…。
とにかくこんな感じの状況が職場で起きました。
なので私は上の例で言うところの「±10%の誤差は問題ではありませんよ」ということを進言したわけです。


このように、たぶん外から見てたら簡単にわかることでも実際にやっているとわからなくなることって多くないでしょうか。
なので常に「目的」と「問題」は同じ立場にいないことを意識することが大事だと思っています。
「目的」が常に上位概念として存在し、常にそれと照らし合わせながら仕事を進める、これが重要ではないでしょうか。
複雑系の仕事をすればするほど問題は日常的に降りかかってきます。
それらに惑わされない太陽のようなメルクマークが「目的」だということを心に刻みたいと思います。
16:28  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.01.06 (Wed)

メールから仕事力

仕事が出来る人、出来ない人の違いってどういうところに現れるでしょうか。
ビジネス系の雑誌なんかだとよく取り上げられる話題ですよね。
仕事が出来る人は○○をする!みたいな感じです。

自分が身近に感じることでは「携帯メールの返信が早い」ってことがあげられます。
友達や先輩・後輩なんかと携帯メールでやりとりする場合、早く返信来る人って大概仕事が出来るんですよね。
例えば飲み会を開いた時に「○日に飲み会を開きますがこれるかどうか返事下さい」といったようなメールを出したとします。
こういう返信の場合は大勢の人に同時にメールするのでわかりやすいんですが、人によってレスポンスが全然違います。
その中でもやっぱり一緒に何かを取り組んで気持ちのよい働きをしてくれる人は大概返信が早いものです。
それこそ男友達なんかだと「いけます」や「了解」などの極短い返信だったりするわけですが、その速さが大事なんですよね。
上司や先輩ならダメだけどタメなら気を使う必要もないし、短いけれどすぐに返信をする、これが大事だと思います。

こういう返信が出来る人はあくまで自分が関わった人の範囲ですが行動が早く決断も早いです。
だから仕事ができるのも当然ですね。
レスポンスが遅い人は一緒に何かをやっていても全然気持ちよく仕事はできません。
重要な判断じゃないのに時間をかける必要はないわけで、単純なことは単純なりの時間のかけかたをすべきです。
そういう割り切りができるタイプが「返信が早い人」には多いように思えます。

また、予定がわからない場合にも「まだわからないから○日ごろまでに連絡します」とすぐ返信できる人も良いですね。
予定がわからないからわかったら連絡しよう、という発想ではなく相手の立場を考えた返信の仕方ができているのでこれも仕事ができて不思議ではありません。

このように何気ない「携帯メール」ですが、けっこうその人の仕事の仕方が表れているように感じます。
仕事とは常に不可能への挑戦なんてかっこいいものではありません。
もちろんそういう面を含んだ仕事もあるでしょうし、役職がかなり高くなれば高度な決断の連続なんてこともあるかもしれません。
しかし、すくなくとも大半のサラリーマンにとって仕事の8割はあくまで雑務だったりします。
しかし、本来は本命の仕事にこそ力をむけなければいけないのにそういうとって足らない仕事に振り回されている場合はよくあるものです。
そんな仕事の仕方をしないためにもどうでもいいことは迷わずさっさと決断・行動することは思っているより重要だと思います。

何気ない携帯メールですが飲み会シーズンの忘年会・新年会を通してふとこう思いました。

21:22  |  自己啓発  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.01.01 (Fri)

2010年

あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!

本blogも地道に活動を続けてやっとこさ7000ぐらいになりましたね。
今年は1万目指して頑張りたいと思います。
「特定派遣」という超マイナーな職業を視点にして世間を見る、というのがこのblogのテーマなんですがけっこう続けられるもんですね。
真面目にエントリーを書こうと思うとけっこう時間がかかってしまうので段々とエントリー数が減っていますが今年も書き続けたいと思いますのでよろしくお願いしますね。

正直書き続けるのは大変です。
経験豊富というわけでもなく、しかも内容は自分の専門領域ではないこのblogを維持するのはやはりパワーがいりますね。
だけどそれでも続ける理由はblogを書こうと思うと色々勉強しなきゃ無理だし、取り入れた知識を自分なりに消化しないといけません。
そういった作業のアウトプットという形でこのblogがあるのでこれをやめると一連のそういったことをしなくなる恐れがあるので続けています。
何より音楽と同じでやはり自分の表現する場があればそれだけ努力しようと思いますし。
音楽でいうライブがこのblogですね。
お客さんからの拍手がblogでいう訪問者数なので少しずつですが伸び続ける限り書き続けようと思います。


あと最初の目的である「特定派遣」ということを知ってもらうことも書き続ける理由でしょうか。
最近は不況のためか正社員の雇用を抑えてどんどん派遣に移しているそうです。
それがいいことか悪いことかは別にして、ますます派遣の需要は増えると思われるのでやはり多くの人に「特定派遣」というものの存在を知ってもらいたいと思います。
本来は雇用の流動性さえあれば派遣なんて不必要で、事実アメリカや諸外国では「派遣」の存在意義がわからないそうです。
そりゃ転職市場が雇用者の30%のアメリカと3%の日本では状況が違いますよね。
少なくとも将来的には日本も絶対そうなるわけで、その中間地点としての特定派遣の存在意義は大きいと思います。
そんな特定派遣を世に広める一助になれたらなという思いです。


そんなこんなで今年も本blogをよろしくお願いします!
14:02  |  その他  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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