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2009.12.30 (Wed)

「誰かのため」は「誰かのせい」

今日は晦日です。
少し前に実家に帰ってきたので地元の友達と飲んだり家でのんびり過ごしたりと気楽にすごしています。
といいつつ今日で休暇がすでに半分過ぎたと思うとこの休暇もあっという間に終わりそうですね。
1年の締めくくりは明日にするとして今日は普通のエントリー。
今日は下記のエントリーの表現が面白いなと思ったので紹介します。


なんとかならぬか「ポケモン宰相」


私は、現代の日本人の多くが、他人のポケモンになっている気がしています。自分自身のために生きて自分自身のために力を尽くすのではなく、自分の親や、配偶者や、上司や、世間に褒められるために頑張る人が多いように感じるのです。


これは少し前に行われたボクシングの試合「内藤VS亀田」のことです。
このエントリーでは某教授がこれらのことを表現して「ポケモン」と言っているんですが、これはなかなか面白い表現ですよね。
というか「ポケモン」知ってるなんて教授の割りに若い感覚をもってるんだなとまず思いました。

実は自分もこの試合をテレビで見ていました。
内藤選手を応援していたんですが負けてしまって残念だな~と思っていたんですが、同じものを見て(というよりマスコミ報道を聞いて)まったく違うことを感じたんだなとちょっと悔しくなりましたよ。

この「ポケモン」というゲームを知らない人のために説明すると普通のゲームと違って主人公は直接戦わないんです。
あくまで出てくるモンスターをカプセルのようなものに閉じ込めてそのモンスター同士(ポケモン)を戦わせる、という内容になります。
そしてエントリーの教授は内藤亀田戦が「主人公:父親、モンスター:興毅」と「主人公:妻、モンスター:内藤」と表現して互いのポケモン同士を戦わせていたとみたわけですね。

これは一見穿った見方だと思う人もいるかもしれません。
なぜなら「親のために戦う息子」、「家族のために戦う父親」、このように表現するとまったく悪いもののように感じないしむしろ良いことのように感じるのが普通ではないでしょうか。
日本の一般的なサラリーマン像は父親が外で働くことでお金を稼いで家族を養う、というものですから世間一般からみても遠くないどころか近いもののように感じます。

しかし、このことこそ日本の悪い側面だとエントリーでは表現しています。

ポケモンはそのような社会の状況、特に母親のために勉強や習い事に奔走させられる子供たちを反映しているように見えるのです。今回のタイトルマッチは、リングで一対一で力を尽くして戦うボクサーでさえも、ポケモン化してしまった(より正確にはそのような認識で報道されるようになってしまった)ことを示しています。

話に聞くと、やはり今でも「教育ママ」と呼ばれる存在は多数存在し、幼稚園や小学校などでその存在感を発揮しているようです。


みなさんはどちらの認識が正しいと思うでしょうか。
「妻のために戦う内藤」「妻のポケモンとして戦う内藤」と表現すると前者をとると思います。
しかし、この表現を「母親のために勉強する子供」「母親のポケモンとして勉強する子供」と変えれば実は両者は同じことを言っていて、むしろ後者の意味として同じであるということがわかるのではないでしょうか。
言ってみればそこには主体性がないということです。
ちなみにこれは内藤選手に主体性がない、というわけではなくボクシングという厳しい道を選んでここまできたのはあくまで内藤選手・亀田選手の努力だと思います。
しかし、アウトプットだけみると結局ほかの誰かのせいにしずにはいられない、ということがあるのではないでしょうか。
事実、インタビューでも内藤選手はそれに近いことを発言していたし、「誰かのために戦う」ということは悪いことではありません。

それでも自分はどちらが正しいかと言うとやはりポケモンなのかなと思ってしまいます。
エントリーにもある「母親のために勉強する子供」というのはむしろ一般的ですが、それでは大人になったときにまったく力のない、つまり主体性のない人間になってしまします。
このあたりについては漫画「ドラゴン桜」で語られていますが、子供のうちから「勉強とは机に向かってカリカリやること」という子供は社会に出た後に使い物になりません。
では勉強することとはどういうことかというと「生きること」と表現しています。
この表現を見たときにはけっこう衝撃が走ったものですが、今ではなるほどと思えます。
これについて書き出すと1エントリー丸々使う必要があるのでこの辺りにしますが、主体性の重要性はもっと教育の現場で強調されてもいいように思います。


この主体性をほかの表現に砕くと「自分の行動をほかの何かのせいにしない」ということだと思います。
これは「成長」という観点からすると非常に重要で自分以外の基準で行動すると成功しても失敗しても自分に返ってくる分はほとんどありません。
しかし、自分基準で行動すると失敗しても成功しても自分にとって大きな財産になります。
なぜなら行動の全てを自分で決めているため責任は100%自分にあるという自覚があるためです。
基準を常に自分で持っていればブレることもないし、それが強さにもつながります。
これはもちろん他人の意見を聞くなというわけではなく、むしろ逆で情報収集を怠ることなく自分でしっかりと集めてそれを生かしていくということです。


みなさんも気づかないうちに誰かの「ポケモン」になってはいないでしょうか。
「誰かのために」という思いがいつのまにか「誰かのせいで」になっていないでしょうか。
今は「誰かのために」という思いでも、失敗したときに「誰かのせいで」と転換してしまう恐れはないでしょうか。
自分自身もいつの間にか誰かのポケモンになっていないように気をつけていきたいと思います。
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13:34  |  自己啓発  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.12.23 (Wed)

飲み会からみる「派遣」

12月も後半に差し掛かりすっかり忘年会シーズンですね。
うちの職場は昨日忘年会を行いましたが、とりあえず無事に終わって何よりです。

しかし、この「飲み会」という当たり前の行事を「派遣と正社員」の側としてみると全く違ったものになってきます。
今日はそのことについて書いたエントリーを紹介します。


なぜ派遣社員は正社員との飲み会に 参加したがらないのか?


ちなみにこのエントリーで言う「派遣」は恐らく「一般派遣」のことを指しているものと思われます。
そして、派遣社員が飲み会に参加したがらない理由としては「なるべく長期間同じ場所で働きたいが、正社員のデリカシーのない態度を取るため摩擦が生じる。その摩擦を減らすために正社員と距離をとるため」ということだそうです。


これを自分のような「特定派遣」だとどうなるんだろうと考えてみました。
特定派遣ということは「正社員」でもあるのでボーナスや保険があるなど派遣先の正社員と待遇にそこまで大きな差はありません。
もちろん、多い少ないの差はあると思いますがそれは会社が違えば当たり前の差でしょう。
また、エントリーの例にあがっていた「派遣社員としての仕事」についてですが、少なくともほとんどが高度な専門性を持っている「特定派遣」の社員なら自分で考えて行動できて当たり前です。
その辺りでもますます派遣先の正社員との差は大きくないでしょう。


では何が違うのでしょうか。
それは「会社の運命をともにしていないこと」だと思います。
派遣先の正社員は転職市場の小さな日本では自分の所属する会社で勝負していかないと逃れる場所がありません。
そして、給料を上げるためには出世が最も大きな要因でありいかにしてその会社で生き残っていくかが重要になります。
しかし、派遣されている特定派遣の社員はその会社が潰れようが何しようがとにかく自分が所属するうちに何らかの実績・経験ができればいいだけです。


ではこのような違いは「飲み会への参加」という視点になったときにどういう行動となって表れるのでしょうか。


ここで前提となるのが「会社の飲み会は半分仕事」という事実です。
心底お酒が大好きな人にとっては当てはまらないかもしれませんが、上司との堅苦しい飲み会よりも多くは友人と飲みたいと思うものではないでしょうか。
そういう事実があるときに「会社と運命を共にしない」派遣社員は参加する意味はない、と考えてしまうかもしれません。
しかし、実際にはその逆で「実績・経験」が欲しい特定派遣の社員なら必ず参加するのではないかと思います。
自分自身も派遣先の飲み会には積極的に参加します。
なぜかというと、所詮は仕事といえど「感情」が一番大事になりますから、「人間関係を円滑にできる」人材であることをアピールする絶好の場でもあると思っています。
もちろん、飲み会が決め手になり仕事をもらえるなんて思っていませんが、普段の仕事をしっかりこなすだけではダメだということです。


これらはまるで自分の嫌いな「昭和的価値観」のようにも思えますが、実際に飲み会を円滑に進められる人は職場の人間関係や相互調整などをうまく出来る人が多いと感じています。
サラリーマン的仕事は複雑系であり、様々な要因を汲み取りながら仕事を進めることが多いと思うのですが、その要素が飲み会にもあると感じるんです。
技術だけでは仕事ができない、気持ちだけでは仕事はできない、その両方を併せ持った人材こそ価値がある。
そう考えると、飲み会では「気持ち」の分野を鍛えるいい場所である気がします。
職場の人間が全員心の強い人間なら必要ありませんが、実際には表面化で心のぶつかり合いが多くあるのが事実です。
それらをうまく組みながら上手に調整できる人材は貴重なんじゃないでしょうか。


正直言うとそちら方面の能力はまだまだ全然ダメです。
典型的な男性タイプで「気付かない男」ってやつですね…。
しかし、仕事だと全力でその能力を意識的に使うのでそれでも昔よりはかなりマシになったように感じています。


というわけで自分の結論としては「特定派遣の社員は派遣先の飲み会に積極的に参加しろ!」です。
14:09  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.12.21 (Mon)

3万年の時を超えて

自分が今まで専攻してきたのは微生物学ですが、実は一番興味がある分野は「進化」です。
生物が進化していく様というのは何億年の時を経ているわけで、そこにはロマンが溢れていると感じるのは自分だけでしょうか。
今日はそんな進化を人間が生きているうちに起こしてしまった素晴らしい研究の紹介です。


暗闇50年、ハエ「進化」…1400世代飼育


ショウジョウバエを50年以上、約1400世代にわたって真っ暗な中で飼い続けると、姿や生殖行動などに変化が起きることが、京都大の研究でわかった。
暗室のハエは、においを感じる全身の感覚毛が約10%伸びて、嗅覚(きゅうかく)が発達。互いをフェロモンの違いで察知して繁殖し、通常のハエとは一緒に飼ってもほとんど交尾しなくなっていた。
全遺伝情報を解読した結果、嗅覚やフェロモンに関する遺伝子など、約40万か所でDNA配列の変異が見つかった。視覚にかかわる遺伝子の一部も変異していたが、光には敏感に反応するので視覚はあるらしい。ショウジョウバエの寿命は約50日。1400世代は、人間なら3万~4万年に相当するという。




何がすごいって成果がでるかどうかわからない実験を50年も続けたことに驚きますよね!
遺伝学の祖であるメンデルが豆の交配を何十年と続けたというエピソードしかり、こういう研究には心底頭が下がります。
まぁもちろん50年も待たなくても何年か経過したら変化が見られたのかもしれないけれど、やっぱりすごいです。


こういう研究って社会のために何の役に立つのかと言われれば「?」なのかもしれませんがそれでも必要だと思います。
これは例えるなら「音楽」みたいなもので、なくても生きていけるけれど人生をより豊かにしてくれるものと捉えるほうがいいでしょう。
なので、もちろん腹ペコの人間の前には「音楽」や「研究」より「ご飯」が重要になるわけですが、衣食住が足りている現在では必要になると思います。
ただし、破産寸前の日本が本当の意味で「衣食住が足りている」と断言できるかは怪しくなってきましたが…。


話がそれてしまいましたが、最近は進化に関する新たな情報が出てきてその手の本もけっこう多く出ています。
時間が出来たら読もうかと思ってたんですが正月用には別の本をすでに大量に買ってしまった。
なのでまたの機会にしたいと思います。

21:53  |  研究  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.12.20 (Sun)

大人の仕事

自分の強み・弱みをよく知るためには自分自身を知ることより周りにいる人の強み・弱みを観察した方が結果的には自分自身のことがよくわかる、と考えています。
そのため、自分の場合は新しい環境に入って新しい人に出会うとすぐに「この人は何が得意で何が苦手なのか?」を考えるクセがあります。
なんだか品定めをしているようですが、これが自分の力を発揮する重要なステップだと感じています。

そんな「品定め」をしてきた中で今の職場で初めて出会ったケースが「神経質」タイプです。
ただ、話を聞くとどんな職場にも1人はいるようなくらいいるタイプのようですね。
そんな神経質タイプについてうちの職場でも非常に困っているのですが、そんなタイプの弱点を紹介したエントリーを見つけました。


完璧主義を脱皮した人ほど、オトナになれる

私が会社員だった頃を振り返ると、完璧主義な人ほど、周りの皆がびっくりするほどあっけなく会社を辞めていくことが多かったように思います。なかには、途中からうつ気味になって辞めていった人もいます。
では、なぜ完璧主義な人はなぜ有能なのに簡単に会社を辞めたり、心を病むほど自分自身を追い込んでしまうのでしょうか? 端的にいえば、多くの仕事に完璧主義は合わないからです。
期末試験や受験勉強のように、限られた場面では「完璧主義」は有効かもしれません。しかし、仕事は想定通りに実行できるわけではないことの方が多いのものです。
予算や人員数、時間の限界、スタッフの能力の限界、会社の上層部や顧客の都合、タイミング……。このように、いくつもの壁に阻まれ、努力が水の泡になってしまうことの方が、成功の数より数倍も多いのが現実ではないでしょうか。



大学入学までの学校で行われるテストは問題として非常にシンプルです。
次々与えられる明確な問題に対して明確な解答方法があり、次々と型にはめながらクリアしていきます。
しかし、それ以降の問題は非常に「複雑系」になります。
そもそも与えられる問題が不明確であり、問題そのものを自分で定義することから始まります。
それに対して複数の要因を様々な方法を用いてクリアしていく。
しかも、そのクリアは決して100点である必要はなく時には60点を取ることが重要である場合もあります。
紹介したエントリーでもあるようにすべてを完璧にこなすのはもう不可能と言っていいでしょう。


これらのことは普通の感覚を持っている多くの人にはある意味当然のことです。
しかし、神経質な人々にとっては耐え難いことなんでしょう。
100点をとってしかるべき理想の自分とそれができない現実の自分とのギャップをどうしても埋めることができません。
このギャップから逃げずに見つめることができるようになるのが「大人になる」ということだとエントリーでは言っているのだと思います。
もしかしたら最近話題になった市橋も「親が期待する自分」と「現実の自分」のギャップを埋めることができずに苦しんだのかもしれませんね。
もちろん、それを理由に殺人を犯した市橋に対して同情することはできませんが…。


自分のタイプはまさに逆なんですが、まさにそこに自分の強み・弱みをみることができます。
完璧なんて言葉とは程遠い仕事の仕方をするタイプで、どの地点まで持っていけばいいのかをまず考えるタイプです。
100点を取る必要があるのか、60点程度でいいのか、そういうことの方がどちらかと言えば重要でそこに辿り着くまでの方法に執着がありません。
どんな手段でも最初に目的地として設置した場所に辿り着ければいい、そういう割り切りが自分の強みです。
そして、その割り切りが弱みにもなります。
はなから60点を狙っているものは60点を超える可能性がなくなるため「発見」を逃す可能性があるのです。
特に自分のような「研究・開発職」には致命的といえるかもしれません。
しかし、自分にそのような弱点があることは理解しているため、その解決策として「方向転換の判断を早める」という方法をとっています。
最初に60点を仮目標として設定し、そこに辿り着く過程で少しでも違う地点に行きそうならすぐに変更を行うわけです。
そのようにトライ&エラーを早めると素早く問題点が浮かび上がるのでより目的地の設定がクリアになっていくわけです。


さて、うちの神経質な人材はいつそのギャップを埋めることができるのでしょうか。
それともそのギャップを埋めることが出来ず去ることになるのか…。
ギャップを埋めた先の現実はそれほど悪くないんですけどね。
12:41  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.12.15 (Tue)

心技体

ずっと紹介したかったエントリーがあったんですが、ずっと忙しくて紹介できなかったので時間があいた今日紹介したいと思います。


能力主義とメリトクラシー


このエントリーでは現在の能力主義に疑問を唱えています。
自分なりの簡単な要約は

能力には単なる「技術」としての力と「意志」と表現されるような「心の力」があり、本来どちらも手に入れるべきなのに今の日本では「技術」にばかり目がいって「心の力」が疎かにされている

というものです。

そして、まだまだ駆け出しな自分ですがこれを読んで非常に納得しました。
っというのも大学で研究室にはってさらに社会にでてからこのエントリーでいう「右下な人達」、つまり「技術」にばかり目を向けている人間の多さを実感しているからです。
このエントリーではそういった人達をこう表現しています。

これらの人たちは、何かを比較的つつがなくまわすことは出来ても、環境の変化に応じて、色々なことを仕掛け、その新しい試み、変化、イノベーションのために関係するお客様や沢山の人たちを動かすなんてことはしない。そして何か分かったようなことだけを言う。それは組織にとっての本当の力にはならない。

まさにこの文章のままの人間です。
確かにある一定の仕事をただこなすだけならできるんです。
しかし、右下の人達は自分なりの表現をするなら仕事に対して「連続性」というものを一切感じることなくあくまで自分の手が届く範囲だけで仕事をするのが特徴です。

基本的に自分のスタンスとして仕事に関わらず何かアクションを起こす時はかならずそれは何かにつながりをもつ「連続性」を持ったものだと認識して行動します。
ことわざで言うところの「千里の道も一歩から」ってやつに若干近いと思いますが、ようはその一歩の先が見えているか見えていないかということです。
今しか見えていないと不満に思えることもその先を見据えることで意味のある事に変わると考えて行動しています。
身近な例を挙げると、例えば職場で幹事を任されたとします。
幹事といえばあくまで仕事外のことであり雑用とも言えるため力がはいらないかもしれません。
しかし、その幹事を行う際に飲み会にくる全員の都合を考慮しながら自分が考えられるベストの運びをした時にもしかしたら「あいつはなかなか気が回るんだな」と思ってくれるかもしれません。
これらの違いはやはり「心の持ちよう」が全然違うとこから生まれると思います。


少なくとも自分が目指す人材はまず左上「心の力」が充実している人材です。
紹介したエントリーで言うところの人を一つの方向にまとめあげ、それに沿って結果を産み出せる人こそ目指すべき人材です。
というのも自分自身の長所の1つが「他人の力を上手に使うこと」だと思っているからです。
昔から自分の能力というものに執着がなくて、どちらかというと「どんな手段でもいいから目的を達成させたい」という志向をもっています。
なのである目的を達する場合に「なんとか自分の力で」というより「これとこれとこれを組み合わせればなんとかなるな」と考えクセがあります。
これは決してやる気がなくて他人に依存しているわけではなく、自分という存在に縛られて目的が達成できないのが嫌なんです。
なのでもちろん自分自身のスキルは日々の努力で磨いていますが、当然足りない部分があるわけでそれを補うためなら手段はいとわないという感覚でしょうか。
そして、そういう手段を使うためには自分自身に「心」の魅力が足りなければいけないわけで、だからこそ「心の力」の充実は必須なんです。
まだまだ全然足りないわけですが…少なくとも目指す方向としては左上だな、というわけです。



普段からそう思っていたのでこのエントリーを読んだときは(若干の趣旨の違いはあるものの)方向性はよかったんだと嬉しく思いました!
そしてこのエントリーのきっかけが漫画「バガボンド」を読んだというのも強い印象を持った原因ですね。
恐らく「バガボンド」を読むと誰でも何か深く考えさせられる漫画だと思うので読んでない方は是非お勧めします。
話がそれましたがまずは左上を目指してそこから右へシフトしていく、そんな「心身ともに鍛えられた人材」を目指したいと思います!


20:54  |  自己啓発  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.12.09 (Wed)

科学は政治

自分の中では今さら感が強い話題ですが今日は地球温暖化問題についてです。


温暖化データに「トリック」?研究者メール暴露


IPCCの「データ捏造」疑惑


From: Phil Jones
To: ray bradley ,mann@virginia.edu, mhughes@ltrr.arizona.edu
Subject: Diagram for WMO Statement
Date: Tue, 16 Nov 1999 13:31:15 +0000
Cc: k.briffa@uea.ac.uk,t.osborn@uea.ac.uk

Dear Ray, Mike and Malcolm,
Once Tim's got a diagram here we'll send that either later today or first thing tomorrow. I've just completed Mike's Nature trick of adding in the real temps to each series for the last 20 years (ie from 1981 onwards) amd from 1961 for Keith's to hide the decline. Mike's series got the annual land and marine values while the other two got April-Sept for NH land N of 20N. The latter two are real for 1999, while the estimate for 1999 for NH combined is +0.44C wrt 61-90. The Global estimate for 1999 with data through Oct is +0.35C cf. 0.57 for 1998. Thanks for the comments, Ray.

Cheers
Phil

*池田信夫ブログより問題のメールを抜粋


さて、真偽の程はいったいどうなんでしょうか。
少なくともデータにケチがついたことは事実でしょうね。
実際に問題となったデータはIPCCでも削除されたそうですし。


少なくとも科学に携わる人間なら政府が絡んでるデータをそのまま信じる人はいないんじゃないでしょうか。
残念ならが研究には多額の資金が必要で、その資金源を獲得するためなら問題を大きく見せようとする手段はむしろ当たり前のような気がします。
学生の卒論・修論レベルですら、序章に「この論文で取り扱う問題はこんなに大変なことで、だから我々はこの問題に取り組むんです」と延々書きます。
この世界にいるとそれが当たり前のように感じてしまいますが、本来は数ある問題の中でどの位置にいるのかを知るべきなんでしょうね。
他のブログでも書いてありましたが、今回の事業仕分け批判に対し「お腹が減って飢えている人を前にして科学がそれより大事だと言えるか?」ということです。
しかし、そんなクソ真面目なことをしていたら自分の研究費用を得ることはできないので必死に「こんなに大変なんだよ」ってアピールします。
それ自体は悪いことではありませんが、それを批評する側の政治が全く機能していないことが問題ですね。
環境問題ほど政治的に取り扱いやすいものはなく「環境を守ろう」といって批判されることは普通ないですから。


テレビを見ていても正義面して「環境を守るためにできることを…」と言ってるアナウンサーとかいると辟易します。
そりゃ言ってる方は気持ちいいんでしょう。
でも「数ある問題のなかで本当に今取り組むべきは環境問題なの?」という疑問を持たないのでしょうか?
そもそも環境問題はお金をかけるにしては不確か過ぎる問題です。
それよりも貧困や疫病などお金で解決できる…とまで言うといいすぎかもしれませんが、すくなくとも「地球温暖化」なんて漠然としたものよりも対応できるものがあるはずです。
そういうものにこそ資金を注入し、環境についてはまだ研究段階でいいのではないでしょうか。
「そんなことを言っていたら手遅れだ」と言う人もいそうですが、10億人の人が飢えで苦しんでいるこの世界で手遅れになっている問題なんて既に山ほどあります。
人間は時間も資源も何もかもが制限された中でしか動けないので大事なのは優先順位です。
今朝のテレビでしたり顔して環境問題を唱えるアナウンサーに問いたい

「その問題は何番目の優先事項ですか?」

21:28  |  社会・政治  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.12.02 (Wed)

研究職で食べていく方法

一般的な研究者に必要な能力ってどういうものがあるんでしょうか?
世の中には沢山の「啓蒙本」や「ハウツー本」などがありますが、研究者を対象としているものはあまりありません。
最近流行の「ライフハック」と呼ばれるものもほとんどが「営業職」だったり「IT系技術職」だったりします。
じゃあ研究者のための「ハウツー本」はないかと思っていたら最近出版されました!

やるべきことが見えてくる 研究者の仕事術 プロフェッショナル根性論



ハーバード大学医学部の著者が書いただけあってまさにバイオ系研究者にドンピシャな本と言えるのではないでしょうか!
しかし、これは決して「より良い研究をするための方法論」が書いてある本ではありません。
どちらかというともっと広範に捉えており、「より良い研究者になるための方法論」が書かれたものです。
これは目次を見ればわかると思います。

その1:プロフェッショナル研究者への成長の道
その2:「好き」よりも「得意」にこだわる仕事術
その3:プロダクティビティーを上げる時間管理術
その4:自分の世界で一番になる
その5:批判され/批判して自分を磨く「フィードバック力」
その6:変化に対する苦痛・恐怖を克服する
その7:自分のストーリーを語る「物語力」
その8:説得力のあるプレゼンテーション
その9:日本人中年男性研究者のための英語力向上戦略:人間力英語術
その10:検索される自分:発信力
その11:創造性とは

こんな感じでまさに「長い目でみた研究者としての実力を上げる」という主眼で作成された本です。
ノーベル賞とかそんなレベルではなく「普通の研究者」がどういう能力を磨いていく必要があるかを経験を基に書かれています。
なので「研究力」をアップすることはできませんが、むしろこの本は非常に役立ちました。
なぜなら「研究力」をどんなにアップしようと本当に誰もがうなる発見出来る人は残念ながら非常に限られています。
それよりも「研究で食っていく」という主眼を置いた方がより万人に向けてためになるのではと思うからです。
確かに書いてあることに非常に目新しいということはないのですが、非常にバランスよくまとめられており若い研究者なら必読なのではと思います!


ちなみにこの本の「その2」で取り上げられてた本はすでに持っていました。

さあ、才能に目覚めよう あなたの5つの強みを見出し、活かす

この本を買うとIDコードを得ることができ、ネット上にある「ストレングスファインダー」というものを使って質問に答えて自分の強みを見つけることができます。
自分も昔やったんですが久しぶりに思い出すことができました。
ちなみに自分の5つの強みはこれです。

・分析思考→データや数字を大事にして論理的に考えるってこと、まさに「自分」です
・収集心→情報とかを集めて・整理して・保管することが好きらしい
・調和性→自分を知っている人が聞いたら驚くかもしれませんが、人間関係とかでうまくいっていないのがすごく嫌なんです
・自我→要は目立ちたがり屋(笑)まぁあってますね。
・慎重さ→めちゃ心配性なんで…それを活かせということでしょう

この5つを活かす方向でとにかく考えろということでした。
基本的に弱点は気にするだけ無駄みたいですね。
弱点は欠点を取らない程度にして、あとは自分の強みで押していく、そういう戦略が大事だということは昨今いろんな業界で言われていることではないでしょうか。
ありがたいことに研究者向きのスキルがあるのでどんどん活かしていきたいです!



若いうちからこういったことを意識して積み重ねていくことが未来を作っていくんだろうなと日々思っています。
今も勉強することだらけでありがたい毎日です。
一見意味のないように思えることにも勉強することは本当に多く隠れています。
指示されただけの仕事、ルーチンワーク、そんな一見つまらないものの中から学びとることは腐るほどあります。
自分で考えて進める仕事ならなおさらですよね。
これからも精進していこうと思います!
21:22  |  自己啓発  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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