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2009.06.28 (Sun)

かものはしプロジェクト総会

アンコールワット

自分が「かものはしプロジェクト」というNPO法人のサポーターになっていることはこのblogで何度も書いてきました。
そして今回、このNPO法人が年に1度開いている「総会」というものに始めて出席してきたのでそのことを書きたいと思います。


そもそも総会とはなんでしょう。
「株主総会」という言葉はよく聞きますが結局どういうことをやるのかは参加したことがないといまいちはっきりしませんよね。
ちなみにこの「株主総会」はwikipediaでは以下のように定義されています。

株主総会とは、株式会社の機関の一つであり、株主を構成員とし、会社の基本的な方針や重要な事項を決定する。株主は実質的な会社の所有者であり、株主総会は会社の最高機関である。なお、株主は株主総会を通しておよそ会社に関することであれば、いかなる事項についても決議できるという理念(株主総会の万能機関性)は、所有と経営の分離などの現実もあり、すべての類型の株式会社において共有されているわけではなく、アメリカの州法やドイツ法、フランス法においても一定の範囲で株主総会が決定できない事項が経営者側に留保されている。

参加した限りでは、もちろんNPO法人と株式会社は違うので同じとはいきませんが、「正会員」と呼ばれる支援者には「議決権」をもっていて、総会で報告される議案について多数決が行われるというものでした。
そして、NPO法人は法律で「年に1度以上の開催」が定められており、今回の開催に至ったというわけです。


参加した感想としては「NPO法人はやはり単なるボランティア機関ではなく会社なんだ」ということです。
これまでの成果やこれからの中期計画案などを財務状況や様々な分析をもとに丁寧に説明し、質疑応答では何事も隠すことなくオープンな議論が行われました。
なんといっても「ビジネスをやっている」ということがビンビン伝わり本当に嬉しかったですね。
今までのやり方に限界がきたので「ソーシャルベンチャー」がもてはやされているわけですが、単なるブームではなく本当に「会社として機能している」ことがわかりました。
質疑応答では、会員の方々からかなり鋭い質問が飛び交い、決して「馴れ合い」ではないこともわかります。
それぞれ得意の分野(経営、IT等)があってそれぞれ独自の観点から質問が行われので開催側としてもかなり勉強になったようです。
自分も質問をしましたが、若干の分析不足がありその点(その視点からの分析)が不足していることが明らかになったので少しは役立てたかな?と思っています。


そして、総会後に行われた懇親会にも参加してきました。
そこではお堅い総会とは打って変わって様々なゲームなどとても楽しかったです。
何よりかものはしプロジェクトの人や会員の人達といろんなことを話せたのでとても貴重な時間でした。
やはりこういう問題は知り合いに話しても、「そんなのしょせん偽善だろ」とか「真面目に考えてるんだ」程度で終わってしまうものです。
それは以前の自分も思っていたことなのですごくわかるんですが、一度体験して実際に見て知るとそんなことは全くないとわかります。
そして、総会に集まる人達は当然同じ思いで集まっているので気持ちを共有できたのが楽しかったです。
特に代表の村田早耶香さんや共同代表の青木健太さんとかなりがっつり話すことができたのが1番の収穫です!
歳も同じが1つ違いで、雰囲気も本に書いてあったように「普通の人」という感じなんですが、そんな人たちが「児童買春問題をなくす」という大きなテーマに学生時代から取り組んでいるというのがとても不思議に思えました。
それと同時に「想いがあればあとは行動するだけなんだ」ということも感じました。


ちょっと話がそれますが、本に書いてあった通り青木さんは相当切れ者です。
雰囲気はフワっとしていてコミカルな一面もある方ですが、説明や質疑応答が完璧で、筋の通ったわかりやすい説明とどんな質問もすぐに要点を抑え完璧な応答をするあたりは「さすが東大」といったところでしょうか。
社会にでてから「学歴と社会人としての実力ってこんなにもリンクしないものなのか!?」と思っていたんですが、初めて「学歴=能力」の方に会いとても刺激的でした!
話によると今回来れなかった代表の本木さんはさらに切れ者ということなのでいつか話せることを楽しみにしたいと思います。


今回の総会で益々かものはしプロジェクトに期待が持てました。
もちろん成果としては「やっと出始めたところ」といったもので手放しによろこぶものではありません。
しかし、ビジネスプランがかなりはっきりしてきて急成長していることも確かです。
そして確実に1つ言えることがあります。

かものはしプロジェクトは現在の「ソーシャルベンチャーブーム」が終わっても必ず生き残る

そう思いました。
これかも支援を続けながら、自分もできることを探っていきたいと思います。





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2009.06.25 (Thu)

元から治す!

東国原知事が国政への参加に意欲をしめし、また誘われた自民党に対してかなりの要求をしていますね。
そのことに対する評価は自分がテレビのコメンテーターを通して聞く分にはかなり低いように感じます。


例えば

鳥越俊太郎さん
「国政に意欲を持つ東国原知事が、自民党が苦戦しているのを見越して、自分を売り込む最大のチャンスだと思ったのだろう。ただし、それだけではみんなの納得を得られないので、マニフェストの話、地方分権の話、宮崎のためという大義名分を入れた。自民党が、マニフェストの件を受け入れちゃった場合、出馬が実現してしまう可能性がある


吉永みち子さん
「人間の質、政党の質がよく見えてくる。少し離れて俯瞰して見ていた方がいいと思う。宮崎をどげんかせんといかんと立候補したときの真摯な態度でいろいろ売ったけど、今度は自分の人気と県民を担保にして自分を高く売ろうとしているようだ。セールスマンとしての才能は素晴らしいけど」



などなど。
基本的には自分を売り出す好期だとか、それに対して吉永さんのような皮肉たっぷりな評価みたいです。
このエントリーを読んでいるみなさんはどう思っているんでしょうか。


では自分の考えを述べます。
もちろん知事の真意はわかりませんが、好期と思っているのは確かでしょう。
ただ、あまりうがった見方はしておらず、むしろ当然の選択と言っていいかもしれません。
なぜなら、もし自分の故郷(地方)をよくしたいと思うのなら霞ヶ関の改革をなさずしてありえないからです。
最近は大阪の橋本知事といい、「物言う知事」が増えてきたお陰でいろいろと見えて気いますが、明らかに地方の立場は弱い。
橋本知事は「奴隷」と表現しましたがまさにその通りなんでしょう。
国がきめたはずの事業などになぜか地方のお金が必要になることなどいい例ではないでしょうか。
それぞれの地方ごとで必要なものは違うはずなのに国が一括して管理するのもおかしいでしょう。
さらには、国が握るお財布の使用基準もわからない場合が多いです。
このような状態で地方にとどまりながら活動することに限界を感じたのでしょう。


問題となっている「総裁選候補」にも意味があると思います。
それは2つの意味があると考えています。
1つ目は「一議員になったところでたかがしれている」ということです。
政治の世界はこちら側からではわからない力関係で成り立っている世界だと思います。
どう考えても政治家としてぼんくらなシンキロウさんでも派閥の長になったりとよくわかりません。
でも、そんな人間が力をもっている、それが政治なんです。
そんななかで誘われてハイハイと議員になったところで何も変えられないでしょう。
「まずは勉強だ」と言われて結局政治に失望するのがオチです。
2つ目は台風の目になることだと思います。
政治家が全員腐っているわけではなく若手・中堅のなかでなんとかしたいと思っている人も多数いるでしょう。
そんな人達へ「翻るなら今だ!」というメッセージを送っているようにも感じます。
最近では知事たちによる政治グループができたりと新しい活動は非常に活発になっています。
そんなかで新しい波を起こせば一気に崩せるのではないかという考えです。
もちろんそんな簡単にいくわけはないでしょうが流れとしてはとてもよいと思います。


現在では自民と民主が戦う形になっています。
しかし、正直国民からみたらどっちもどっちなのは明らか。
一方が「○兆円バラマク」と言ったら、一方は「それじゃたりない、○兆円だ!」なんてふざけたやりとりしてるわけです。
そうやって借金増やしても年齢層が上の人達は逃げ切れるからいいでしょうが、ふざけるなって話ですよ。
なので上記のような流れにのって自民・民主の若手・中堅議員で新しい政党を作ればいいのにといつも思っています。
総理はもう風前の灯火だし、民主の党首はやれ「友愛」だの勘違いなことを言ってるんで、このスキを狙ってしっかり数値に基づいた「事実」をもとに国政を行って欲しいです。


恐らく今回の流れは残念ながらこけるんじゃないでしょうか。
でも何か傷跡を残して欲しいと切に願います。




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2009.06.23 (Tue)

会社人間が社会を滅ぼす

今日も本の紹介です。
いい本に出会いまくりなので読んでいても楽しいです!

「働き方革命 -あなたが今日から日本を変える方法」



目次
序章:なぜこのような本を書かざるを得なくなったのか
第1章:自分が働くことで、誰かを壊している?
第2章:自分のライフビジョンて、何だろう?
第3章:「働き方革命」の起点-仕事のスマート化
第4章:「働き方革命」でたくさんの「働く」を持つ
第5章:「働き方革命」が見せてくれた世界
第6章:「働き方」を革命し、日本を変えよう


この本を読んでいて非常に興奮しました!
特に第4章を読んでいて!
なぜならかつて同じことをこのblogでも書いたからです!

過去ログ:仕事と家事は等価である
今自分で家事をやるようになって思うのは仕事=家事、つまり2つは等価なものだと気づきました。
仕事をしなきゃお金を稼げないから生活できない、けれどその生活とは家事そのものである、というのが今の思いです。
家事をこなすことが当たり前じゃなく、家事を確実にこなすことで生活が潤い、人生の礎を作ってくれているんだということに社会人になって1人暮らしを始めて初めて気付きました。



著者も同じことに触れています。
そして、もちろん本になるだけあってより深いものにしています。
著者は「働く」ということを単に「会社で働く」ことにとどまらず広義の意味を見出すんです。

会社という場所で働きつつ、自分を含めた社会のために働くんだ。
そのために職場での「働く」もあれば家庭での「働く」もあり、地域での「働く」もあるんだ。
それぞれ楽しいんだ。
それぞれ自己実現できるんだ。
そういう風に「働く」スタイルを変えていく。
そう、「働き方革命」だよ。



なぜこんな結論に至ったのかは是非本を読んでもらいたいです。
著者も初めからこんなに熱くなっていたわけではありません。
全く逆の生活スタイル「典型的な仕事人間」だった著者がどう変わっていったのか、そして働き方革命をどう実行し、著者の生活にどのような変化をもたらしたのか。
それはまさしく劇的なものであり、少し「働く」ということの見方をかえるだけでこれだけ自分も周りも幸せにすることができるのかと驚きます。


この本を読んで、再び自分の生活を戒めることとなりました。
過去にこんなエントリーを書いているくせに今の職場に来てからは忙しさにかまけてけっこう残業しています。
もちろん実験を行うという特殊な業務であるので単純な時間の削減は不可能だし、方法を変えるわけにはいかないものが沢山あります。
なので増えるべくして増えた時間はよしとしなければいけません。
ただし、心の持ちようは別です。
最近は残業を沢山することで「仕事をした気になってる自分」がいました。
自分は「仕事するってことは結果をだすこと。たんに努力することを言うんじゃない」って思ってたはずなんですが、完全に道をそれてました…。
そんな自分の目を完全に覚まさせてくれたのがこの本です。


ただ、職業柄1つ難点が…。
通常の会社員なら「残業=人件費」となるわけですが、自分は特定派遣の社員なので「残業=会社の売り上げ」となるわけです。
他の職業とは全然違うわけですね。
でも、長い目で見たら効率よく働ける人材のほうが当然優遇されるだろうし、この先ますますその傾向は強まるんじゃないでしょうか。
昔は研究開発はとにかく金をかけて時間をかけて、というものでしたが最近ではスピード感が大事ですし効率化を意識すること自体は個人の利益になり、最終的には会社の利益にもなるでしょう。
まぁ一個人が会社の利益を考えてても仕方がないんでしっかりと自分磨きをしなきゃいかんですね。


この本は働く人全員に読んでもらいたい本です!
ガムシャラに働くことで誰かを傷つけていることにそろそろ気付くべきでしょう。
先進国最低レベルの「ホワイトカラーの生産性」を高めて、「会社で生きる」のではなく「自分、恋人、親、友人、地域、国と生きる」ことのできるビジネスパーソンを目指しましょう!




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2009.06.21 (Sun)

大切なのは「成功すること」より「諦めないこと」

今回も本の紹介です。
ちょっとはずれが続いてた時期もあったんですが、当たりが続いて嬉しいです。

「いくつもの壁にぶつかりながら」



この本は「かものはしプロジェクト」というカンボジアでの児童買春問題に取り組むNPO法人の代表である村田さんが書いたものです。
かものはしプロジェクトはこのblogでも前に紹介しましたが、いわゆる「ソーシャルベンチャー」の類にはいるNPO法人になります。
簡単にいうと、活動資金を援助だけに頼らず自ら稼いでその利益を社会問題に活用するというものです。
というよりソーシャルベンチャーの本来的な意義は社会問題を解決することで資金も稼ぐというところにあると思います。
この点については過去のエントリーをご参照下さい。


この村田さんという方は学生時代に「児童買春問題」と出会い、その問題をなんとかするために試行錯誤して、このNPO法人を立ち上げました。
そのため、高い志と実行力がある人、というイメージをもっていましたがこの本を読んでそれが全然違うということがわかりました。
この本を読むと村田さんという人は「ふつうの人」ということがわかります。
もちろん、児童買春問題を自らの行動で正すということ自体は志が高いことの証だし、実際にカンボジアに1人で飛び込み現地NPOを現地でアポとって周るなど実行力もあります。
しかし、そこは苦難の連続で何度も泣き言を言っている村田さんがいて、1度辞めようと親に泣きついた時期もあります。
しかし、周りに支えられつつ苦しみながらもなんとかここまでこれたんだということがわかりました。
それは本のタイトルにも表れています。

「いくつもの壁にぶつかりながら」

つまり村田さんの凄いところは「諦めなかったこと」ただこの1点に尽きると思います。
そしてこれこそが1番難しいのです。
たぶん、誰でも1度や2度なら何らかの思いを抱いたり、それを実行に移してみたりするのではないでしょうか。
しかし、大概すんなり成功するわけもなく失敗したら「やはりダメか」と諦めてしまいます。
また、周りに相談するとかならず「そんなの無理だ」と言われてしまい、結局実行に移せない場合もあります。


村田さんは19歳の頃から挑戦が始まったわけですが、自分がその歳のころ何をやっていただろうと振り返ります。
というか、振り返るまでもなく「音楽活動」一本でした。
高校で吹奏楽を始めてサックスに出会い、大学でジャズを始めて一気にはまりました。
楽器の練習は当然毎日の積み重ねが重要なのでそれこそ腐るほど練習しました。
時間がある1,2年生のうちは1日10時間くらいはやってた時期もあります。
それと村田さんを比べる意味はないと思うけれど、やはりもう少し早く社会に対する興味がもてていたらもっと違った今があるんだろうな、と思う時もありました。
しかし、後悔というものはなく「何か1つのことに妥協することなく一生懸命取り組めた」という経験は財産だと思っています。
事実、音楽活動を通じて様々な人と出会い人間的に成長できたのではないかと思います。
特にジャズという音楽は幅広い年代の方と活動することになるのでなおさらです


つまり、大事なのはその時点で「これだ!」と思えるものに出会ったら諦めずに全力を尽くすことです。
自分の人生でどんなイベントがこの先待ち受けるかなんて誰にもわかるわけがありません。
自分自身、今の境遇にいることが昔の自分からは想像ができません。
サックスとの出会いもカンボジアとの出会いも本当に偶然とういかなんとなくというか…。
しかし、それを今の自分の血肉とできているのは「ピンときた」物に対して全力を尽くした結果だと思っています。


ちなみに、この「カンボジアでの児童買春問題」は解決の方向へ向っているようです。
その最大の原因はなんと「アメリカの圧力」なんです!
カンボジアに対して「その問題をなんとかしないと支援しないぞ」というメッセージを送った結果、警察による摘発が厳しくなって児童買春がしにくい国になりつつあるそうです。
ちょっと厳しくなるだけで改善できるならカンボジア政府は今まで何やってたんだ!って感じですが、賄賂で全てが動くあの国では政府がまともに機能しないんでしょう。
なんてったって「地雷を撤去するための活動」を政府に申請しても賄賂を請求されるっていうんだからふざけてます。
世界で戦火をばら撒くアメリカにしてはなんともまともな活動をしてるなと驚いたもんです。
ただ、貧困という根本問題はまだ何も解決していないのでこれからの「かものはしプロジェクト」に期待したいと思います。


この本は特に女性に読んでもらいたいです。
普通の女性がここまでやれるってのは勇気になるんじゃないでしょうか。
村田さん自身も昔は「専業主婦になる」ことが夢だった人なので、きっかけさえあれば誰でも変れるってことです。
今の日本は本当に女性が働きにくい国ですが、村田さんのようなモデルケースが1人でも多く輩出されることがいつか変化につながるのではないでしょうか。
自分自身もなんらかのモデルケースになれるよう、新しい道をがんばりたいと思います!




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2009.06.17 (Wed)

平和を保つことこそ最大の食糧安全保障

今回は本の紹介をします。


「食糧危機」をあおってはいけない




この本は本当にお勧めです!!!
自分が読んだなかでベスト5にはいる「目からうろこ本」です!
食糧問題が「単なる経済問題にすぎない」という話は聞いていましたが実際に読んでみるとそれ以上に危機は少ないことがわかりました。

目次
第一章:「爆食中国」の幻想
第二章:「買い負け」で魚が食べられなくなる?
第三章:21世紀、世界人口は減少に転じる
第四章:生産量はほんとうに限界か?
第五章:「バイオ燃料」の嘘
第六章:繰り返される食糧危機説
第七章:ほんとうの「食糧問題」とは?


想像が出来ると思いますが目次の各タイトルは色々なデータをもとに全部論破されています。
このあたりは実際に読んで是非確かめて欲しいんですが、見事に食糧危機ではないと言えます。
もちろん反論もなくはないです。
例えば食糧危機で見逃されている「技術の発展」ということに著者はかなり注目しています。
事実、かつても食糧危機が叫ばれた時代があったけれど結局技術の発展により収穫量が何倍にもなりまかなうことができました。
しかし、例えば3章で地球の人口がピークに近づいているということを言うなら食糧増産技術も限界に近づいていないのかな?ということ。
また、農業用地がまだまだあるといってもそれを実際に農業用として使用できる根拠がよくわからなかったこと。
などなどあるにはあります。
ただし、それらの小さな疑問を吹き飛ばすほど様々な根拠が並べられているのでやはり食糧危機は誇大表現であるということがわかります。



問題は第七章です。
これは昔「食糧問題」について話し合ったときにも触れたことがある話題なんです。
それは

世界第2位の経済大国である日本が食糧が手に入らないなんてことありえるだろうか

ということです。

これは凄い単純な疑問ですよね。
この本を読まなくてもまずそれを考えないのが不思議であり、むしろマスコミはこっちを取り上げるべきだと思うんだけどどうだろうか。
もし一時的にせよ食糧不足になったときに周りの国々、とくに発展途上国の食糧はまず間違いなく日本に送られるでしょう。
なぜならそのほうがお金になるから。
世界の大半が「資本主義」ということを忘れてはいけません。
それは本のなかでもこう表現されています。

仮に世界同時不作で食糧価格が高騰した場合、これらの国々と食糧を争う日本が、買い負けるということはちょっと考えられません。


もちろん、食糧が本当に不足したときに資金力にまかせて他国から食糧を奪う行為をすることは正しいことだとは思えません。
そういう事態に、どう食糧分配を考えるかを議論してほしいもんです。


最後に本にあった素晴らしい名言を紹介。

平和を保つことこそ最大の食糧安全保障

これこそ真理だと思います。
この本を読んで是非本当の食糧問題を知ってください!


*ちなみにバイオ燃料は自分の専門でもあるので次回これだけをとりあげたいと思います。



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2009.06.14 (Sun)

論より証拠

今日は足利事件についてです。

~足利事件とは~
1990年5月12日、午後7時前、栃木県足利市内のパチンコ店から、当時4才の女の子が行方不明になり、翌朝、近くの渡良瀬川河川敷で遺体となって発見されました。また同日渡良瀬川の中から、被害者の着衣が泥だらけの状態で見つかりました。

市内に住む元幼稚園バス運転手・菅家利和さんの名前が、近隣住民に対する聞き込み捜査中に浮上します。アダルトビデオを多数所有していること(ロリコン物ビデオは全くなし)と、聞き込みの刑事に対して話した職場の経営者の「そういえば子供を見る目つきが怪しかった」などという、心無い言葉により、犯人として目星をつけられ、以後一年間毎日尾行されることになります。しかし菅家さんは、尾行された一年の間、幼女に対する声かけなど、怪しい行為はいっさいありませんでした。(後に刑事が法廷で証言しております。)それにもかかわらず、菅家さんは尾行中の刑事に捨てたゴミを拾われ、中のティッシュを無断で押収され、まったく気づかないうちにDNA鑑定されてしまいます。

1991年12月、「被害者の下着に付いていた精液とDNA型が一致した」という理由で足利署に連行されたうえ、刑事たちの言葉の暴力や暴行などによって、その日の深夜、無理やり自白させられます。一旦そうなると、二度と再びあんな「恐怖の取り調べ」が行われるのを避けようとして、自分から刑事たちに迎合せざるを得ず(これは菅家さんに限らず、取調べを受ける人に共通の心理です)、刑事たちに誘導されるがままに、空想のストーリーを話してしまいます。

参照:足利事件


最近、この事件の犯人として無期懲役が確定していた菅家さんが釈放されましたね。
あまり詳しい経緯は知らなかったんですが、ここにきて凄い事実を知ったので紹介しておきます。
まずこの事件ではDNA鑑定が行われたことで有名みたいですが、当時の鑑定レベルが低いことは最近の報道でよく取り上げられていますよね。
当時は100人に1人くらいの割合で同じDNA型が見られるってことだからそりゃいいかげんってもんです。
しかし最近の技術の発達により地球人口よりも多い人数に1人の割合で同じDNA型が見つかるってくらい精度が上がったから弁護側が再鑑定を要求したみたいなんです。
しかし、最高裁は再鑑定をせずにしなかった結果を支持して無期懲役としたらしいです。
さらに酷いのがこのあと


被告を留置所に入れて弁護側が血液を採れないようにし、しかたがないから弁護士が髪の毛をもらって「被害者とDNAが合わない」という鑑定書を提出。
すると「髪の毛が被告のものかどうかわからない」という理由で証拠として採用しない判決を支持した。



これありえなくないですか?
もともと不正確なデータに基づいて判定した(もちろんDNAだけじゃないけど)のに、その方法がいまなら有効だとわかって申請した。
すると棄却されて、しょうがないから自分で手に入れたら、「それが本当かわからない」
自分達で手に入らないようにしといて、そりゃないだろ!!!
いったいどういう基準で行動してるかがさっぱりわからんが、官僚なんかでよくみられる「自分達が正しい」という精神なんかな。


ここで問題なのは残念ながら最高裁だろうと間違えることはあるということ。
これは人間なんだからしょうがないでしょう。
もちろん冤罪が0人にすることが理想ですが、最善の手段を尽くした結果そうなってしまったのなら避けようがありません。
しかし今回はそうではありません。
明らかに典型的な日本の裁判パターン「証拠より自白」という流れであり、最善を尽くしたとはいえません。
まだレベルの低かったDNA鑑定に頼るなどわかりやすいほどの問題がたくさんあるのでしょう。
基本的な精神としては「99人の真犯人を取り逃がすよりも、1人の冤罪者を生まない」ことが重要であるはずなのに明らかに逸脱しています。
もし、あの時点で怪しいから捜査は続行、となっていたら真犯人に繋がる手がかりが手でいたのかもしれないのに、結局真犯人は野放しです。


裁判員制度の重要性がこれで益々高まってきたと言えるのではないでしょうか。
もちろん過剰な期待は禁物の制度ではありますが、「これっておかしくない?」という当事者意識が国全体に広がれば1つのムーブメントになる可能性もなくはないです。
しかし、今のままならこれまで通り何もかわらないんでしょう。
自分の好きな言葉にこういうものがあります。

成功の反対は失敗じゃない、何もしないこと。

今回のような不幸な事件を少しでもなくすため、また裁判官の「偏った正義」を「国民にとっての正義」に戻すために、裁判員制度がなんらかのきっかけになることを祈ります。
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2009.06.10 (Wed)

自分という会社の社長になる!経営権は全て自分のもの!

今回は以下の記事についてです。


なぜ、20代高学歴女子は「専業主婦」狙いなのか

正社員の座を安易に手放すことをリスクと思わないのだろうか。今、世の専業主婦たちの多くが、夫の収入減で働こうとしても仕事どころか保育所すら確保できない現実を彼女たちはどう見ているのか。
しかし、「それは、あまり考えたことがなかったですねぇ」と反応はみな鈍い。
自分はリスクのない男性と結婚できるという自信があるのか、もしくは優秀だからこそ、一度辞めても職に復帰できる自信があるのか。


アラフォー世代にとって、専業主婦とは誰もがなれるものだったから逆に華々しいキャリアが欲しかった。しかし今や「専業主婦」としてのんびり子育てすることこそが女のステータスで、働くことはただの苦行。背景には、男女雇用機会均等法施行後20年以上たっても一向に改善されない女性たちの働く環境への絶望と、理想の「働く女性のモデル」の欠如がある。先輩世代の働く女性たちが、結婚や出産との両立に苦労している姿を見て、母親が幸せな専業主婦だった20代女性たちはそちらに理想のモデルを見てしまうのだ。

今、日本に起こっているのは「中流男性の没落」である。米国がかつてそうだったように、女性が働かないと中流生活を支えられなくなりつつある。昭和の幸福な専業主婦を母に持つ女性たちは、今、最後の夢である専業主婦にこがれているのだ。




なんというか酷いニュースですね…。
この記事について語る前に自分の今まで置かれた境遇を説明しなければなりません。
自分の家は共働きであり、母親が働くことが当たり前の人生でした。
小学校に上がって初めて友達の家に言った時に「なぜこの家はお母さんがいつもいるんだろう?」と不思議に思ったものです。
また、その職業も看護婦をやっているので給料も女性職としては高い方でしょう。
むしろ、婦長とかやってるみたいだからそこらの男よりはいいのかな?
実際の金額を見たわけではないですが、なんとなく子どもの頃から母親のほうが稼ぎはいいんだろうな、と理解していました。
そんな環境で育ってきたせいでちょっと一般感覚からははずれているのかもしれません。

どうはずれているかというと「主婦が理解できない」ということです。
自分の母親は仕事しながら片手間でやる仕事を一日中家にいてやるってどんだけ楽なんだ?と思ってしまうわけです。
そういうある種の偏見?のせいか「主婦」という存在が昔からかなりマイナスイメージがあります。
また、「男が稼ぐもの」というイメージもなく、恐らく母より稼ぎの少ない父親を情けないなんて思ったことは1度もありません。
むしろ、大学くらいになって「そういう考え方(父親の方が稼ぎがすくないから情けない)もあるんだ」と思ったくらいです。
それぞれが、それぞれなりの仕事をして家計を支える、それに何の問題があるんでしょうか?


そんな偏見のため、上のような記事を見ると「どうせ甘やかされてきたんだろ」と思ってしまう自分がいます。
「働くことが苦行」なんてふざけるのも大概にしろよ!という感じですね。
働くことの楽しさ、つまり自分で稼いで自分の人生を自分で切り開く、こんな楽しいこと他にないでしょう!
先輩に教えてもらった言葉にこういうのがあります。

「社会人になると、自分という会社の社長になった気がするよね。経営権はすべて自分のもの」

これかなり素敵な言葉だと思いませんか?
特に社会人で1人暮らししてるとよけい感じます。


しかし、そんな感情的にもなれない一面がこの日本には確実にあります。
記事中にも

背景には、男女雇用機会均等法施行後20年以上たっても一向に改善されない女性たちの働く環境への絶望と、理想の「働く女性のモデル」の欠如がある。

とあるように、もともと女性が働くのに適していない社会環境が女性をそうさせているとも捉えられます。
そう考えると一概に「あまえてる」とは言い切れない部分は多々あるのでしょう。
ただ、最近ではめちゃくちゃ本が売れてる勝間さんとかいろいろなモデルケースも増えているのではないでしょうか?
働いてる女性の話なんかを聞くと「自分がまずモデルケースになる」という話をよく聞き、むしろ男より頼もしく見えます。
ってかもともと女性の方が肝は据わってるしむしろビジネスの世界で活躍しやすい性質をもっているのではないでしょうか。
あとは社会環境が整うだけですが、それが一番の壁です…。
それでも、そのあたりの問題に風穴を開けようと頑張っている人たちもいるし決して諦めることではないでしょう。
今回の不況はそういう流れを強くしてくれる可能性もあるので、前も書きましたが中途半端な回復はしてほしくないですね。
とにかく常に社会にアンテナをはって、誰を支援すればいいのかを見極めましょう!




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2009.06.09 (Tue)

「数値」が暴く本当の日本

今日は本の紹介をします。


不透明な時代を見抜く「統計思考力」


第1章:基礎編 データを見る それ、ほんとう?まず、元データに当たる習慣をつけよう!
第2章:中級編 データを読む 統計の基本を知って、正しく読もう
第3章:上級編 データを利用する 過去データから未来を予測する


この本はタイトル通り「統計」について語った本ですが非常に読みやすい作りになっているので数字が苦手な方にもお勧めです。
2章が若干とっつきにくいかもしれないですが数字が苦手な方は飛ばしてもいいでしょう。

特に第1章はわかりやすい事例が多くて、
・若者の読書離れは本当か?
・小泉改革は格差を拡大したのか?
などのテーマを「データ」を基に考察を進めています。
さらに、そのデータ自体もインターネットがあれば自分でも手に入るようなものばかりを利用しているところがミソですね。


ちょっとこの小泉改革について取り上げてみましょう。
最近「格差問題」が叫ばれていますし、関心のある人が多い問題ではないでしょうか?
この格差について取り上げたときに有名なのが「ジニ係数」というものがあります。
はっきり言って格差を議論するならこの程度は知っていようよ…ってレベルのものだと思いますがテレビなんかではあまり聞きませんね。
キャスターなんかが正義感たっぷりに「格差問題をなんとかしないと」なんて息巻いていますが、テレビ局の収益構造のほうがよっぽどエグイってことは置き去りかい…。
って話がそれましたが、このジニ係数は簡単にいうと「格差を数値で表したもの」です。
詳しくはWikipediaで。
図を見ると(本にも同じようなのが載っています)ずっと前からジワジワと上がり続けているようですね。
しかし急激な上昇などは見られず、また小泉内閣後に目立った上昇も見られず、マスコミが騒ぐほどではないということがわかります。
あくまで「ジニ係数」のみで見た場合ですけどね。


ってな感じで色々なことを丁寧に「データ」で解説してくれます。
また、数値だから正しいというわけではなく陥りやすい間違いなんかも指摘してくれるのがいいですね。
理系的には2章が非常に有効なんじゃないでしょうか。
そこまでデータが複雑になる実験をしていないので統計テクニックが求められてるわけじゃないけれど、基本的な知識としてはとても役立つと思います。



そしてクライマックスが3章ですね。
3章は「未来予測」がテーマとなるわけですが、当然未来なんて完全に予測できるものではありません。
しかし、かなりの確立で予測通りに動く数値があるわけです!
それは…本を読んでのお楽しみにしてください。
言われて見ると当たり前だけど本を読んでいくとこれほど重要なパラメーターはないと再認識させてくれました!
是非一読あれ!



このように「数値・データ」を使って考えるのって本当に大事ですよね。
前にこのblogでもこう書きました

「人と付き合うときは感情的に、社会と付き合うときは理性的に」

感情に流されるとまるで自分の周りに起きていることが世界の全てのように感じてそれを正そうとします。
しかし、それを正そうとすることが結局社会全体で見ると間違ってることは往々にしてあるものです。
派遣社員がかわいそうだから派遣規制をしたら派遣社員は職を失いより悲惨な立場となるのがわかりやすい例ですね。
だからといって無理やり正社員にする法律でも作ったら会社が回らなくなって国際競争力を失い経済が低迷しとりかえしのつかないことになるでしょう。
何か問題を感じたらまずデータにあたり自ら考える。
こういう姿勢を示してくれるこの本は今の日本に最も必要な本と言えると思います。





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2009.06.08 (Mon)

今こそ公務員改革!

今回は非常に痛快なエントリーを紹介します。


正しい労働白書の書き方


ここまでおちょくると愉快ですねww
書いてある内容には全面的に賛成でこれ以上コメントしようがないんです。
だけどこのまま終わるとたたのリンクブログになっちゃうので終われません…。
このエントリーのコメント欄に気になるものを見つけたのでそれについて述べます。


>城さんは役所(高級官僚)にどれ程か期待されるのでしょうか?

官僚というのは一人一人は非常に優秀。でも組織になると恐ろしくものわかりが悪くなる。このあたりに日本が変われない理由があるんでしょう。ひょっとすると戦前にも通じる話かもしれない。



これってけっこう言われてますよね。
官僚っていまじゃ悪いイメージがしっかりついちゃってるけど、実際に入る時には熱い志を持った若者が多いそうです。
テレビで官僚出身のコメンテーターが「どうせ官僚は天下りの退職金目当てでなるんだろ」といわれて「そんな奴がいるか!みんな日本を変えようという高い志をもってるんだ」と熱く語ってたのが記憶に残っています。
そのコメンテーターは大多数のしょうもないコメンテーターではなく、しっかり事実・データを基にして話すタイプだったのでけっこう信頼してたからよけい記憶に残ってるんでしょう。
もちろん全員が全員ってわけじゃないだろうし、公務員は安定してるからって人が大勢いても不思議じゃありません。
それでもかつては日本最高レベルの教育を受けた学生達が集まる場所であり、志も相当なものだったことは容易に想像されます。


じゃあなぜ結局は省益に走り、天下りを狙うような人間に落ちぶれるのか。
答えは簡単ですよね、いつもこのblogでは言っています

環境が人を作る

つまり、そういう人間が出来上がる環境が既に出来上がってるということです。
年功序列でガチガチの人事に横移動のない硬直的な環境のなか、たとえ志をもっていても自分のやりたいことをやるまでには上司から与えられる仕事をこなさなければならない。
年功序列を守るためには省内だけではポストは足りず天下り先を作ることを第1任務とされ、上司の命令に奔放する。
そうやって行くうちに自分も40、50代となり行く末を案じたころには自分もポストを得るため省益を1番に考えて行動する。
その頃には志なんてどこかに置いてきて忘れたまま。


これは元官僚の意見(上記したのとは別の人)であり、とてもリアルです。
警察に容疑者として捕まえられ、精神的に追い詰めれてやってもない事件を自白してしまうのになんだか似ていますね。
もちろん、環境は自分で作るものだし、帰れなきゃ出て行けばいいんですがそれも不可能な作りになっています。
何十年も続く強固なシステムを1人、または数人の若者では動かすことすらできないでしょう。
また、人事移動が数年ごとにあるため、専門性が高まらずけっきょく省内でのみ通じる調整力などのいわゆる企業内特殊技能のみが伸びるため転職市場での価値はどんどん下がっていきます。
とにかく官僚機構とは人材をダメにする強固なシステムを作り上げてしまってるんです。


やはり今必要なのは霞ヶ関の改革です。
大阪府知事の橋本さんも言っていますが、周りが「そこまでやるの!?」と言ってしまうようなことをやらなきゃだめです。
ああいうことを言ってる人は政治家の中にもいないことはないのでその人たちに期待ですね。
そういや最近渡辺さんはどうしてるんだろ…あれだけ前頑張ってたんだから最後までやり遂げてほしいな。
あと逮捕されちゃったけど高橋さんには今でも期待してます。
期待している分だけホント残念ですが…。


たぶん、これからこういう勢力の人たちがどんどん増えていくんじゃないでしょうか。
今は明らかに変革の時期です。
しっかり膿をだした新しい日本を見てみたいです。
とりあえず今は勉強を重ねてこういう人たちを応援していこうと思います。



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2009.06.06 (Sat)

楽しい今へ、ズームイン!

最近仕事が楽しくてたまらない!

と少し興奮気ですが、職場に問題も多いのでいいことだらけではないんですよ。



去年は大好きな細菌を用いて化学メーカーで働き、今は分野が異なりバイオエタノールの研究をしています。
バイオマス(植物など)を扱っているため今までと専門が全然違うので勉強することだらけですが、専門が違ってもこれだけ楽しめるんだな~と実感しているところです。
研究者にとって「専門」ってのは非常に大事なものであり、固執しがちですが、実際のメーカーでは固執するどころかいろんなことをやらされるのでむしろいい流れだと思っています。
もちろん細菌関連の研究をずっとやれたらそれはそれで楽しいですが幅は狭くなって将来厳しいかもしれませんしね。


仕事が楽しいと感じる理由を自分になりに分析してみました。
今やっている研究はかなりプリミティブなものでありテーマは今どきでもやっていることは「最先端」からは程遠いと言えます。
仕事の中には当然頭を使う知的作業も多いですが、今はテーマ的にかなり数をこなす必要があるのでルーチン的な部分もあります。
それでも楽しいと感じる理由は2つあるのではないかと考えました。


1つ目:全ての作業に意味を見出している


例えルーチンと言えど、それらの結果を総合して考察し、チーム全体としては次へ進めます。
このとき、もしルーチン実験だけに目を向けるととんでもなくつまらないものです。
出る結果は微妙に違うわけですが、作業自体は変わらないので全然面白くないわけです。
しかし、自分はその全体の結果に常に目を向け、ディスカッション等でもかならず全体の結果を考察してから臨むようにしています。
こうやって書くと当たり前ですが、正直そういう態度を取らなくても仕事は進んで行きます。
事実、同僚の中には「この実験はつまらない」と捨ててしまい、ディスカッションも早く終わることだけ考えているため非常に退屈そうに仕事をしています。
しかし、自分は「この作業の意味はなんなのか」を常に問い続けながら仕事をしているためルーチン実験も(作業自体は数が多いので辛いと感じる時もありますが)楽しめているんだと思います。
仕事の意味を上司に求めるような受動的態度で仕事に取り組めば絶対につまらないものになるでしょう。
意味は自分で見出し、そこから新たに次へ繋げる提案をする。
これこそ仕事の醍醐味です。


2つ目:仕事をまかされていると実感している


うちの上司はメンバーからはかなり不評ですが、自分はそう感じていません。
もちろん、短所はあります、それもかなりはっきりとしたもの。
しかし、短所のいない人間なんてどこにもいないわけで上司も完璧な上司なんていません。
なにより、自分にだって短所はあるのにそれを棚に上げて文句ばかり言う人材にはなりたくありません。
そのため、自分は今の上司に苦手意識がないため積極的にコミュニケーションをとっていきました。
具体的には社会人の基本であるホウレンソウを徹底し、欲しがってる結果をなるべく早く提出し、探している論文等のサポートなどをしています。
その結果、自分にまかせてもらえる範囲が広がり仕事が楽しくなるわけです。
「うちの上司は理不尽だ」なんてほざいてる人がいたらこう教えてあげましょう。

「それが当たり前。理不尽じゃない上司にあたったら泣いて喜べばいいんだよ」

そう考えれば上司からくる多少の理不尽も「普通のこと」なので感情はみだされません。
もちろん、自分が上司になったらそういう経験を生かして理不尽なことは減らしましょう。
間違っても「上司が理不尽なのは当たり前だから俺も勝手にふるまうぞ」とかならないように。


ぱっと思いついたのはこの2点でした。
仕事ってのは面白いもので同じ職場でも楽しんでいる人もいれば不満ばかり言う人もいる。
簡単な話が、楽しく仕事をできるかどうかはその人の考え方1つでどうにでもなるってことだと思います。
不満にばかりフォーカスを当てないで、楽しいことだけにフォーカスを当てれば自然と世界は変わって見えるものです。
そしてその楽しい事をいかに将来につなげるかも一緒に考えるとベストですね。
Connecting the dotsでも書きましたが、今わからなくても現在は確実に将来へと繋がっていきます。
せっかくつなげるなら不満だらけの点じゃなく、楽しく充実した点をつなげていきましょう!




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2009.06.01 (Mon)

競争とは自分を知ることである

あんまりテレビはダラダラみないようにしてるんですが、たまに面白いのもありますよね。
番組名は覚えていませんが昨日見た子どもの教育に関する番組は非常に面白かったです。
その中でもある保育園の指導法に非常に共感しました。
いくつかあったけれど一番しっくり来たのが

「子どもは競争が好き」

ってやつです。

ウソかホントか知りませんが、今の運動会では徒競走でもみんなそろってゴールする、なんて学校もあるとかないとか…。
本当だったらかなり残酷な話ですよね。
どんな感じなのかわかりませんが、足の速い子が遅い子を待ってみんなで手をつないでゴール…吐気がします。
待たれたほうのプライドは例え子どもといえどズタズタでしょう。


紹介された保育園は全くその逆。
毎朝徒競走を行い、必ず順位をつけていました。
そのせいか、運動能力が半端なくて年長組ですでに小学校2年生の平均タイムを超えているんです。
跳び箱も10段飛んでるし、小学校1,2年生レベルの漢字も書けるし、絶対音感あるし、とにかくハイパーな子供達、それも全員が飛びぬけています。
だからといって「英才教育で締め付けている」という雰囲気はなく、心の底から楽しんでやっているように見えます。
それも園長が考え出した「子どもの特徴を活かしたシステム」が効いてるわけです。
大人が勝手に「子どもにはまだ無理だ」と思っているようなことをどんどんやらせる、しかも子どもが楽しめるレベルに誘い込む園長のシステムは天晴れの一言。
「子どもは競争が好き」「子どもは真似するのが好き」「子どもは少し難しいことが好き」などなど、確かにそうだと思わせるものばかりです。


その中でも最初に言いましたが「競争」ということをあれだけ全面に出している教育もないでしょう。
しかし、競争こそ自らを高める最良の手段であることはいうまでもありません。
番組では、跳び箱7段が飛べずに悔し涙を流し、1人で必死に練習している子どもがいましたが、3日後にはさらに上の段まで飛べるようになりました。
それは誰かにやらされてるからではなく「悔しいからやる!」という自ら発するエネルギーがそうさせているのでしょう。
競争で大事なのは「勝つこと」ではなく「自分が何に悔しいと思うかを知ること」だと思います。
そういう体験を子どものうちから沢山しておけば精神的にかなり強い大人になっていることは間違いないでしょう。



これは仕事にも当てはまります。
上司に言われたから仕事をやる、なんて人は何年働いてもたいして身にはなってないでしょう。
「今ある仕事を自分がしたいからやる」という自ら発するエネルギーで動ける人が長い目でみて成長するんだと思います。
「怒られるからやる」なんてのはもってのほかで、小学生か!とつっこみたくなりますね…。
確かに仕事は上司から指示されることが多いのは事実ですが、それをいかに「自分のものにするか」が重要ということですね。
そういう習慣を続ければ、いつか実際に自分が指示する仕事が生まれることでしょう。
ちょっと話がでかくなりますが、生命は競争を何億年も続けて今この場にいるわけで、人間だけがそれを逃れることはもちろんできません。



競争とは自分を知ることです。
モノサシが1つしか見当たらない日本だから「勘違いな平等主義」が蔓延したのかもしれませんが、モノサシは決して1つではありません。
ある場所で負けたら別の場所で挑戦するか勝つまで挑戦しましょう。
それこそが、唯一の道だと信じています。




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