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2012.01.15 (Sun)

ゲノム情報活用の最前線?

ゲノム解析を大学時代やっていたのでこの分野の話は今でも興味があります。
ただ、ゲノム情報が直接役に立つのはまだ先の話なのかなと思っていたのですがとんでもない!
かの有名なSteve Jobsがゲノム情報のおかげで延命できていたというエントリーがありました!


Wmの憂鬱、次世代ゲノムシーケンサーが急速に大衆化【個の医療メール Vol.408】


ジョブズ氏のゲノムを解読したのは米MITのブロード研究所、その解析成績に基づき、標的医薬の選択と治療方針を決めたのが、米Stanford大学、米JhonsHopkins大学、そして米Harvard大学の医療チームでした。(中略)。すい臓がん再発患者としては異例の延命を実現し、新型iPHONEやiPADなど、熱狂的なファンを持つ製品を世に送り出すことができました。


上記のようにJobs氏はゲノム情報を生かした治療により異例の延命を可能にしたとのこと。
もちろんこの記事だけではゲノム情報がどれだけ効果的だったのかはわかりませんがこのような活用が事実なされたというだけでも私は驚きました。
やはり研究は単に研究成果というだけでなくこのように実用化されてこそだと思います。


記事でも書いてあるようにヒトゲノムの配列解読はお金持ちしか出来ない技術ではありません。
私が学生時代のときは1人のゲノムを読むのに億単位のお金が掛かりましたが次世代シーケンサーの登場によりいまや1000ドルゲノムも夢ではない(すでに実用化されている?)時代となりました。
ただし、単に「ゲノム配列を読む」ことと「ゲノム配列情報を活かす」ことは全く別物で、後者は非常に専門的な技術がいります。
恐らくそこにまだまだ莫大な費用がかかるのではないかと思います。
しかし、だからといって「お金持ちの技術だ」と批判すべきではありません。
お金のある人にこういう技術をどんどん使ってもらってノウハウを蓄積することで必ず還元される日はやってくるものです。
そういうシステムに強いのがアメリカだと思うのですが日本の医療制度ではまだまだ先のことになりそうですね…。
っとなぜか暗い方に行ってしまいましたがとにかくゲノム技術の医療活用はこれから非常に楽しみな分野になるでしょう。
1000ドルゲノムが一般に実施されたら早速私も試してみたいと思います!
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13:43  |  研究  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.12.21 (Wed)

巨人の肩の上に立つ

とっても便利な学術検索サイトGoogle Scholarには研究の世界で有名な言葉が書いてあります。


巨人の肩の上に立つ


最近、この言葉を再度認識する事が多くあります。
まずこの言葉の意味なんですがこれは「Standing on the shoulders of giants」の日本語約です。
巨人というのは今までなされた研究を意味しており、その上に立つということは「あくまで自分の研究成果というのはそれまで積み重なったものの上にあるに過ぎないのだよ」ということを指しています。
当然研究というのは時代が進めば進むだけ新たな発見があるわけですが、その発見した当人は「自分の力だけ」でその成果を手にしたと思いがちです。
しかし、実際にはそれまでの様々な発見があった末の出来事であり自分は決して巨人ではなくその肩の上に立っているだけなのです。


このようなことを再認識したのは私がやっている研究テーマでまさに積み重ねを実感したためです。
プロジェクトが始まって約3年ほど立ちますが、その間に様々な発見がなされました。
しかし、調べれば調べるほどそれらの発見が新しいものではなく30年も前に同じ現象を発見していたのです。
当時の技術力ではその現象が起きる理由を説明出来なかっただけで解決方法自体は提案されていたのです。
また、何気なく使っていた試薬の真の意味に気づいたこともありました。
ある現象を発見しそれが問題になるのだけれど、何故この現象がある条件では起きるのにこの条件では起きないのだろうかと考えてみると、1つの試薬がそれを防いでいたりしました。


このようなことが最近立て続けに起きているので本当に普段の態度を反省します。
私の場合はあまり昔のデータを見ても信頼できないだろうと思い、Google Scholarで検索するときも2000年以降のものを見ることが多いのですが今回驚かさたその論文は私が生まれる2年前のものでした。
本当に自分が巨人の肩の上に立っている存在に過ぎないのだと猛烈に反省しました。
いや、まだ肩の上で立ってすらいないかもしれない…そう思わされます。
では次世代のために、いつかはその巨人の一部になるために何をすればいいのか、改めて考えてみました。
そう考えると今までも目標志向性をもってクリアに考えようと努めていたけれど、さらにクリアになったように思います。


来年度から改めて巨人の肩の上に乗らせてもらってることに感謝の気持ちを忘れないよう研究に邁進したいです。
20:53  |  研究  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.05.03 (Tue)

普通の科学者の考え方

今日はとっても参考になるtogetterがあったので紹介します。


keigomi29さんの(普通の)科学者と(三流)ジャーナリストの違いに関するツイートのまとめ

【1】 (普通の)科学者は自説を否定する事例を探す。 (三流の)ジャーナリストは自説を補強する事例を探す。

【2】 (普通の)科学者は反例が見つかると自説は否定されたと考える。 (三流の)ジャーナリストは反例を気にせず自説は証明されたと考える。

【3】 (普通の)科学者はひとつの例では不安である。 (三流の)ジャーナリストはひとつ例が見つかれば大満足である。

【4】 (普通の)科学者は事実から論理を導き出す。 (三流の)ジャーナリストは論理にあう事実を見つけ出す。なければ創り出すこともある。

【5】 (普通の)科学者は相関関係が因果関係かどうかを考える。 (三流の)ジャーナリストは相関関係は因果関係だと考える。ただし因果の方向は任意である。

【6】 (普通の)科学者は抽出した標本が母集団を代表しているかどうかを考える。 (三流の)ジャーナリストは取材した対象が母集団を代表していると思いこむ。

【7】 (普通の)科学者はどの程度確かなのかを考える。 (三流の)ジャーナリストは絶対確実か絶対間違いだと考える。

【8】 (普通の)科学者は見つからないものはないのかもしれないと考える。 (三流の)ジャーナリストは見つからないものは隠されていると考える。

【9】 (普通の)科学者は誰の話を聞いても本当かどうか考える。 (三流の)ジャーナリストは話を聞く前に本当かどうかを決めている。

【10】 (普通の)科学者は話を聞いて理解できないのは自分の知識が足りないからだと考える。 (三流の)ジャーナリストは話を聞いて理解できないのは相手の説明が下手だからだと考える。

【11】 (普通の)科学者は分からなければ勉強する。 (三流の)ジャーナリストは分からなければ説明責任を追及する。

【12】 (普通の)科学者は量と反応の関係を考える。 (三流の)ジャーナリストはあるかないかだけが問題である。



どれもなるほどというかある意味本当に普通のことだなと思えます。
そう思えるのは私自身がすくなくとも最低ラインとして「普通の」科学者のレベルは達成できていると言えそうでほっとしました。
全て当然のことですがコメントしていくと…と思ってもう一度①~⑫を確認すると当たり前のこと過ぎますね…。
なのでピックアップしてコメントします。
特に④なんかは科学者とかジャーナリストとか関係なく人としての問題でしょう。


⑥はまさに科学者として身につけたいことであり、普段の生活からはちょっとかけ離れたことだと思います。
普通は目の前に起こった出来事を見てそれがまるで普遍しているように感じるものです。
例えば、名古屋出身の人にたまたま連続で出会ってみんなが「味噌が好き」と言えば「あぁ、やっぱり名古屋人は味噌が好きなんだ」と思うでしょう。
でも科学者なら「この例が本当に全体を現しているのか」の考え、どうしたらそれが証明できるのか考えます。
得られた実験データが特殊な例なのか一般的な現象なのかを見極めることは非常に重要だからです。

⑨に関しては科学を仕事にしているとほとんど職業病の1種だと思うくらい疑います。
他人のデータはもちろん自分のデータもまず疑ってかかるんです。
そうしないとついつい間違ったデータに惑わされてしまうのでそうならざるを得ません。
事実、実験条件やそもそもの前提条件だったりがおかしい論文も沢山あるので油断なりません。
しかし、これを日常に持ち込むのが科学者の悪い癖です。
楽しく会話していればいいのに「それ本当?」とか「それは前提がおかしいんじゃないか?」とか「そもそもその言葉の定義は何なの」とかつまんないこと言っちゃうわけです。
これだけは気をつけたい。

⑩は昔のエントリーで取り上げた「定量」と「定性」の問題に近いと思います。
この「量と反応」に関する私なりの解釈は「閾値」です。
ある物質があって、その存在そのものが有害か無害かを判断するのはナンセンスです。
ある一定量あって始めて有害な性質を示すものがあるわけでその有害無害は「量」とそれに対応する「反応」をみないと判断できません。
特に今回の放射線問題では「放射線そのものが有害である」という風潮になっていますが放射線そのものは毎日浴びています。
この世にあるほとんど物が放射線を発しているわけで今更それが議論にはならないわけです。
今回はそれを無視して著者がいうところの(三流)ジャーナリストが騒ぎ出したので今回のようなtogetterが出来たようです。


気になるのは「一流」の科学者はどういう考えを持って取り組んでいるんだろう…ということですね。
そんなこと考えていては一流にはなれないのかもしれませんがとりあえず科学を考える土台を再確認できてよかったです。
それを土台にしてしっかりと自分なりの一流を構築していきたいですね。
22:15  |  研究  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.04.18 (Mon)

バイオエタノール最前線

私が研究しているバイオエタノールですがついに世界初となる商業規模のセルロース由来エタノールプラントの建設が発表されました!!!


Novozymes partner to open world’s largest cellulosic ethanol plant in 2012


*補足
セルロースとは植物の細胞壁等の主成分で「食べられない」ものです。
なので食料とは競合しないという意義を持つ「セルロース由来のバイオエタノール」ということに注目が集まっています。
しかしこのセルロースの利用は食料となるようなでんぷんと比べると非常に難しいのです。



リンク先のHPはエタノールを作る会社(Mossi & Ghisolfi)ではなくてその会社に酵素を提供する会社(Novozymes)です。
私の今のテーマがその酵素開発なのでNovozymes社はずっとチェックしてたんですがついに商業用酵素が実践の場にでましたね。
もともと2012年を予定していたはずなので予定通りと言えば予定通りですがやはり興奮してしまいます。


今回の発表ですごいのははっきりと「ガソリンと比較しても価格競争力がある」と言っていることです。
セルロース由来のバイオエタノールって何が問題かというと「値段」だけなんですよ。
はっきりいって作るだけなら今までの技術で何とでもなるんですがどうしても「化石燃料」というライバルがいるので値段的に割に合わなかったんです。
そしてバイオエタノール生産にかかる費用のうちかなりの部分を占めるといわれていたのが酵素でこの開発にすごいお金が注ぎ込まれました。
そのお陰ですごい勢いで酵素の性能が上がり現在の商業用酵素開発に至ったわけです。


とここで冷静に戻ると企業からの発表なんて眉唾物なんで本当にそこまで価格が低減できているのかはわかりません。
しかし、やはり商業用スケールのプラントが動き出せば非常に現実味が増すことも事実です。
一バイオエタノール研究者としては応援してしまいます。


最近は原発問題のせいでクリーンエネルギーに再び注目が集まっています。
例えば太陽電池だったり、原発に代わる最大の注目株がガス発電だったりといろんな情報が飛び交っていますね。
正直、バイオエタノールは上記のような優秀なクリーンエネルギーには勝てないと思います。
バイオエタノールも植物由来なのである意味太陽電池と同じく太陽のエネルギーを利用しているわけですが残念ながら効率が足元にも及ばないのです。
植物は光合成を行って炭水化物、つまりセルロースなどを作りますがその利用効率は1~5%程度だと言われています。
それに対して太陽光発電は10~15%というから同じ太陽光由来でもなかなか難しいです。


しかし、バイオエタノールの最大の特徴は「モノ」であるということ。
太陽光発電はあくまで「発電専門家」なのに対してエタノールという有機化合物ならではの使い方があります。
ガソリンに混ぜても良し、他の物質に変換して付加価値の高い製品にしても良し、化石燃料そのものと代替できる可能性があります。
現時点では例えガソリンと価格がバランスしだしたといっても化石燃料全体としては敵わないでしょう。
それでも「化石燃料以外の選択肢を持つ」こと自体はとても意義のあることだと思います。


これだけ書いておきながらそれでもセルロース由来のバイオエタノールが活躍する時代が来るのかは正直わかりません。
それでも1つのチャレンジが商業規模、つまり社会へ直接関われるようになったことを嬉しく思います。
20:34  |  研究  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2011.02.11 (Fri)

面白い研究って何だろう

先日とある成果報告会を見に行ったときの感想です。
様々な研究報告を聞いてきましたが研究の「面白さ」ってやっぱり難しいなと思いました。


手堅い研究は面白くない。チャレンジングな研究は面白いけど多くの場合は面白さだけで終わる


そう感じました。
バイオケミストリーの分野で一番手堅い研究は「新しい生き物(細菌など)を見つけて、酵素を見つけて、反応させたらこういうものができました」というものだと思います。
どんなものを見つけるかによりますがこれがけっこう簡単でスクリーニングの壁を越えれば後のストーリーは報告を聞かなくても想像できます。
報告を聞いている途中で「この後はこれしてあれしてこうするんだろう」と予想するとほぼ丸々それが当てはまるわけです。
こういう研究は正直言って全然面白くないです。
だけどこういう研究の方が「工業的利用」には一番近いところにいます。
工業的利用に複雑な系は向いていません。
なるべくシンプルであればあるほど応用しやすいと思います。
ただし、シンプルであるためすぐに真似されるので特許で保護したとしても優位性は低いのかもしれません。


反対に面白い研究は報告を聞いていてその先がまったく想像できないものです。
そもそも発想からして面白かったり、聞いてる途中で想像してもそれを斜め上を言ってくれます。
だけどそういう研究は確かに面白いけれど可能性があまりに低くて結局利用できないまま終わっていくケースが多いと思います。
今回私が言った中でも一番面白かった報告に対して色々話しを突っ込んでいくとどんどんボロが出てきてこれ大丈夫かな…?と不安になるほどです。
方法論が非常に面白いけれどそこから得られるメリットや1つ壁を越えた後のプランに対して明確な答えを全然持っていませんでした。
でも研究としての面白さは明らかに断トツです。


こう考えると大きなチャレンジをただするだけではダメなんだと思います。
大きなチャレンジは例え科学的に大きなチャレンジだったとしてもそこから得られるものが大きくないならチャレンジする意味がないと思うのです。
「現在の方式に対して2割もコストが下がります」では大きなチャレンジの場合意味がなく1桁・2桁の変化が起きることを想定することが大切なのではないかと思います。


つまり本当に面白い研究とはこういうものです。


誰から見ても無謀な挑戦に見えるけれどもしそれが達成できれば劇的な変化をもたらす研究


と言っては見たもののこれがどんだけ難しいかは研究に関わる人なら誰でも知っていますよね。
多くの場合は手堅い研究か、面白い方法・結果だけど最終的なアウトプットに大きな影響を与えるものではないものが大半です。
私も現在やろうとしていることは方法論も目新しく今まで考えられていたことと違う現象が見られて非常に面白いと思っています。
しかし、その結果が実用化等の最終的なアウトプットに与える影響はどれほどだろう…と考えると首をひねってしまいます。
もちろんどんなデータでも最終的なアウトプットに影響するようにと意識してはいますが面白さとのバランスに悩むわけです。
お金を貰っている以上「自分が」面白いだけではやはりダメですから。
とりあえず今出来ることは手堅い研究とアウトプットには繋がらないけれど面白い研究をうまく平行させていつかそれが融合できることを意識し続けることなんでしょう。
14:46  |  研究  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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