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2012.03.17 (Sat)

放射線を学んで復興支援

私が住んでるつくば市からこんなものが届きました。


「暮らしと放射線-放射線と上手につきあうために-」


さすが研究学園都市というだけあって放射線に関する説明が非常にわかりやすく書かれていました。
もしかしたらどこの自治体も最近はこういうのを配ってるのかもしれませんが紹介したいと思います。
(ただ、配布するのが遅すぎるだろとはつっこみたいです)


まずタイトルがいいですね。
放射能といわずにしっかり放射線と書いてある。
放射能という言葉は「放射線を出す能力」のことであって放射線ではありません。
だけど最近ではごっちゃになって使われていますよね。
そのこともしっかり内容に触れている辺が「言葉の定義をしっかりさせる」という科学のスタイルに則っていて好印象です。


さて、うまい説明だなと思ったのが放射線の単位に関する説明です。
放射線には「ベクレル[Bq]」、「グレイ[Gy]」、「シーベルト[Sv]」の3つの単位があります。
この単位を雨に例えて下記のように説明しています。

放射線の単位

・ベクレル[Bq]:空から降る水の量
・グレイ[Gy」:人に当たる水の量
・シーベルト[Sv]:水があたったことで受ける影響

ベクレルは「どのくらい水がふってきたのか」という総量を指しますが、その中でも「その降ってきた水がどのくらい人にあたるのか」というのがグレイになります。
わかりにくいのがシーベルトですよね。
そこでこれも良い例えだと思うのですが、同じ分だけ水の量が降っていたとしても片方は「雨(液体)」、もう片方は「あられ(氷)」として降ってきたらどうですか?
同じ水の量でも液体としてなら「濡れるから嫌だな~」程度で済みますが、氷として降ってきたら「痛い!」ってなりますよね。
つまり、この場合だと氷の方が人に与える影響が大きいのでこれを放射線で考えるとよりシーベルトの値が高くなるということです。

さて、単位がわかったところでやはり気になるのは「放射線と発ガン」の関係ですよね。

放射線のリスク

放射線の発ガンリスクは短期的に100mSv被ばくするとみられると言われています。
例えば私はラーメンが大好きなんですが、だからといって食べ過ぎると100-200Sv以上被ばくするより発ガンリスクが若干高くなるようですね…気を付けねば。
喫煙で1.6倍とかなり高くなっていますが、昨年からの放射線騒動で面白いのは喫煙してる人も放射線の発ガンリスクに対して騒いでいたことです。
いやいや、今の放射線レベルならあなたの方が何倍もリスク高いですよ、しかも受動喫煙で周りにも発ガンリスクというレベルで迷惑かけてるんですよと。


ちなみに一番誤解を受けやすい「被ばく総量年間1mSv」という数値です。
これは上記の図をみてわかるように1mSvを超えると発ガンリスクが高まるという「安全と危険の境界線」を示す数値では全くありません。
これに対する私なりの解釈は「目標値が危険値ギリギリだとまずいし、平時ならこの数値目標は達成出来ると思うからとりあえず目指す数値としましょうね」というものです。
例えば食品の消費期限なんかも実際よりだいぶ短めに書かれていますが、あんなノリだと思います。
皆さんも消費期限から少し日が経っても食べたりしますよね?その程度のもんだということです。
ちなみに正確に表現すると「社会的、経済的要因を考慮に入れながら、合理的に達成可能な限り、低く抑えるべき」というものです。
そこに合理性が見られない限り、つまり除洗に数兆円もかかるような場合、達成すべき目標ではないということがわかります。


というわけで私なりに大事だと思うところをかいつまんで説明してきましたがどうでしょうか。
正しい科学知識を広めることが東北地方に起きている「人災」と言うなの風評被害を防げると信じています。
マスコミや一部の異常なコメンテーターの意見よりもこのような「科学的に根拠のある」建設的な意見で復興を助けていきましょう!
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10:37  |  未分類  |  TB(2)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2012.01.10 (Tue)

ありがとう。さようなら。



今日の午後、レオが他界しました。
もうだいぶ弱っていたけれど帰省から戻ってすぐにこんなことになるとは思いもしませんでした。

仕事中に母からメールが来たので嫌な予感はしたのです。
メールで他界したことを知ったときは仕事中だしとりあえず集中しなきゃ、と思ったけれどやはり無理ですね。
仕事中にトイレに駆け込んで泣くなんてOLみたいだな~なんて冷静なことは思えません。
とにかくトイレで泣きました。
その後は持ち直したものの、人がいるといいんですが1人になっちゃうとダメですね、涙が止まりません。


何故かわからないけれどレオのことを思い出すのが供養になる気がするので思い出を振り返りたいと思います。


レオがうちに来たのは自分が14才中学2年生のことです。
ずっと犬を飼いたいと言っていたんですがついに親から許可がでて飼うことになりました。
はじめはコリーにしようと思ったんだけど、新聞を見ると里親を探している犬たちが沢山いるではないですか。
小さいころから捨て犬を拾ってきては親を困らせてた自分としては絶対こっちの方がいいと思い、すでに大型犬用の犬小屋まで買っていたのに急遽変更となりました。

初めての出会いはとあるアパートで里親探しをしてる方の玄関です。
ダンボールに小さな犬が2匹いました。
片一方は明らかに可愛い感じなんですが、もう片方はなんだかどんくさい(笑)
それで「こいつ売れ残るんじゃないか?」なんて考えて結局どんくさい子犬を選びました。
それがレオです。

ちなみにレオは女の子で最初の名前もレオナだったんですがなんか呼びにくいなってことでレオに落ち着きました。
レオは雑種でビーグルと芝犬の間の子です。
耳がビーグルの血を受け継いで垂れてるのがチャームポイントですね。

レオは本当に弱虫でうちにきてから1週間くらい夜泣きしてまいた。
夏休みに飼い始めたんですが、2学期が始まると毎日学校に出ていくたびにクンクン泣いてしまいます。
帰りも自転車の音を聞き分けるらしく、自分が帰ってくるころになると騒ぎ出すそうでほんとに寂しがり屋でした。
散歩に行ってもよその犬どころか猫すら避けて歩くというチキンっぷり!
そういや当時は半ノラの猫も飼ってたんですがいつもその猫に負けて自分の膝には猫が座り、足の下で不満そうに座ってたっけなぁ。

こんな感じで弱虫だから人が来てもそんなに暴れないんだけど、そのおかげで近所の評判はよかった気がします。
実家は田舎なんで近所の人はだいたい知り合いなんですが(というか一方的に知られてる)すれ違うと「レオは頭がいいねぇ」なんて言われたもんです。
ほんとは弱虫なだけなんだけどな~なんて思いつつ褒められれば嬉しいですよね。
こういうのを親バカって言うんだろうなと中学生にして実感しました。

親バカネタをもう1つ。
レオは写真で見る通り、顔が真っ黒なので写真だけ見せるとよく怖いって言われました。
だけどやっぱり自分から見ると可愛くてしかたないじゃないですか。
最初はどんくさい感じだなと思っていたのに不思議なもんですね。
我が子が世界で一番可愛く見えるってのはこういう感じなのかな~。
血が繋がってる訳でもないのに不思議なもんです。

こういう感じで小さな出来事を上げていけばきりがないけれど、1つ言えるのはレオといられた15年間は本当に幸せでした。
最後は岐阜を出てしまったので年に数回しか会えなかったけれど戻る度にレオに会えるのは大きな楽しみでした。
帰る度にレオを撫でると「もっと撫でて!」と顔を手にグイグイとあてて催促してきたあの感触を忘れることはないでしょう。
レオ、本当にありがとう。


今後の予定ですが12日(正確には11日の夜)に再度帰省して火葬を行い、最後をみとどけたいと思います。
今は自宅まできて火葬をしてくれるサービスがあるんですね、これは素直に驚きました。
正直レオの亡くなった姿を見るなんて想像するだけでも辛いので出来れば帰りたくないけれど、ここで帰らないと一生後悔することは分かっているので帰ります。
レオが安らかに眠れるようにしっかり弔ってあげたいです。
20:44  |  未分類  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2009.07.14 (Tue)

blogのカウントが5000を超えました!
これも読んでくれる人達のお陰です、本当にありがとうございます!
次は1万ヒット目指して頑張ります!


では本題に入ります。
都議選は非常にわかりやすい結果になりましたね。
自公が過半数割れ、民主が初の都議会第一党に躍進と大きな変化が見られます。
ついに日本にも「Change!」の時代が来たんでしょうか!?


この選挙で面白いのは、躍進した民主党に期待が高まったからというわけではない、ということだと思います。
正直、民主党が与党になったらしばらくは大変でしょう。
政権運営の座にずっとつけず野党に甘んじていた民主党にいきなりうまくやれるとは誰も思っていません。
さらに、官僚機構の改革などを掲げているため与党になっても官僚の抵抗などでうまくいかないことは必死でしょう。


それでも民主党は躍進した。
その原因は与党・自民党にNO!を突きつけたことに他なりません。
自分としては、この変化はむしろ遅すぎるくらいに感じていますがやっと変化を受け入れる気になったんでしょう。
それは、変化に対する怠慢や怖さよりも今の状況が苦しいということも意味すると思います。
不況に対する実感は自分の周りでは日に日に強くなっているように感じています。
同期の営業が半ばリストラ同然のように退職することになったりなど、なかなか精神的に辛いものがあります。
そんな状況になっている人が過去の比にならないほど多かったのではないでしょうか。


さて、これで民主党が与党になる可能性はほぼ確実になってきましたね。
自分自身も民主党が自民党以上にバラマキをする可能性も憂慮していますが、それでも今は応援せざるを得ません。
相当の抵抗が予想されるものの霞ヶ関改革など素晴らしい考えもあるみたいだし、なんとか頑張ってほしいもんです。
鳩山さんが「友愛」なんてしょうもないこと言っていますが、それよりも「現実」をしっかり直視して付け焼刃な政策をしないことを期待します。


さてさて、解散総選挙は目前ですね。
日本の変化への第一歩が来る日を楽しみにしたいと思います!





応援よろしくお願いしますm(_ _)m
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2009.01.23 (Fri)

感情と理性

先日、人のブログのコメントした時に、ふと出てきたセリフ

「人と付き合うときは感情的に、社会と付き合うときは理性的に」

*実際には「理論的」としましたが、調べたら感情の反語は「理性」だったので修正しました

その日記の主は、名言だね、と太鼓判を押してくれましたが自分でも後から読んでそう思いました(笑)
書いたときは気付かなかったけど、けっこう大事なことではないかと自分で改めて思いました。
やっぱり実際に文章にして書くことって大事ですね。

そしてこのセリフの意味です。

まず「感情」
言わないまでもなく、感情ってすごく大切じゃないですか。
「感情」を「気持ち」と読み替えたほうがしっくりくるかもしれまんせんが「喜怒哀楽」ってとても重要だと思うんです。
自分が何に喜び、何に怒り、何に悲しみ、何を楽しむのか。
大人になればなるほど鈍るものらしいですが、これが鈍った人生は実につまらないものになると思います。
どうも、最近よくわかってきたんですが、自分は感情表現が豊からしい。
自分のことを知ってる人がどう判断してるかはわからないんですが、この1年は特にそう思う機会が多いです。
おそらく社会人になり、付き合う人の年齢層が上がったのが原因でしょう。
大学時代は「おっさんくさい」と言われてたのに、社会人になったらとたんに若く見られるようになりました。
それは「感情」をはっきり表現しているのが原因ではないかと考えたからです。
確かに自分はこの「感情表現」を大事にしています。
友達とか、仲間とか、そういう深い関係になる時にも「感情表現」は凄く大切で、感情が見えない人とは仲良くしようとはしません。
それは「怒り」という感情も含めてです。
思えば、自分の場合、特に仲の良い友達とは必ずケンカをしてると思う。
それは「その人が何に怒るのか」ってのが凄く重要で、お互いのお思いをぶつけたからこそ本当に仲良くなれる、という自分の信念に近いものがそうさせるのだと思います。
でも大人になると上手に感情をコントロールしちゃうから、「あぁ、この人は本音をぶつける気はないんだな」と思うと自分も一線を引いて付き合います。
もちろん、会う人全員に感情ぶつけてるわけにはいかないけど、何か1つの目標にむかって行動する人たちとは、きちんと「仲間」でいたいと思うわけです。

つまり、感情は「人間的によりよく生きる最良のツール」だと思うわけです。

しかし、この感情を社会に対して向けるとその姿は一転します。
例えば、目の前に仕事がなくてこまっている人がいる。
その人に対して「大変だろうな、辛いだろうな」という「哀しい感情」が生まれたとする。
そして、これは社会が悪いんだと感情を社会にぶつける。
するとどうなるか、それが今で言うところの「市場原理主義」とか「格差社会」という声になる。
そして「弱者を保護しろ」という行動へと向かうわけです。

これのどこが問題なのか?
それは、「目の前の人を助ける方法と社会全体をよりよくする方法は全く違う」ということに気付けなくなるということです。
そして、自分の考えは「ある問題が起きた時に、その問題解決方法は問題の大きさに合わせる必要がある」ということです。

例えば、実際に訪れたカンボジアはまさに貧困国でした。
その中のある村を訪問した際、ある女の子、仮にAちゃんと非常に仲良くなり、その子を貧困から救いたいと思ったとします。
そこで、資金的援助をして学校に通えるようにして自立を助けたとします。
そうすれば、最初の目標「Aちゃんを助ける」という問題は解決します。
しかし、カンボジアの貧困問題を解決したいと思ったときには全く通用しません。
仮に、貧しい子供全員に資金をばら撒いても、それは「貧困から救う」ことは出来ても「貧困問題を解決した」ことには全くならないのです。

また、今の「派遣切り問題」もそうです。
目の前の契約を切られた派遣社員がかわいそうだからと、会社に再雇用を強制したとします。
1人だけなら、なんとかなるでしょう。
でも全員となれば、そんな手段は通用しないことはすぐ理解できるはずです。
あの「派遣村」に集まった人たちだけに資金を提供するなんてもってのほかで、そんなのゴネたモン勝ちという社会を助長するだけです。

そして問題なのは、感情がむしろ問題を悪化させる可能性があるということです。
本来なら、今の日本の経済問題はその実際の経済力が低下していることが原因なのにも関わらず、完全に問題が摩り替えられてしまっています。
そして、民主党の手段を見ていると「派遣切り問題」は政治的アピールにしか使われていません。
ここで「派遣規制」を強めても誰も幸せにはなりません。
失業者を生み、さらなる悲劇を生む以外にないのです。
それをするよりも、もっと大きな目で見れば人材が足りていない産業は他にあるのだから、人材が他産業に動きやすい制度を作るとか、再訓練施設を充実させるとか、やることはいくらでもあるはずです。
しかし、そういう声が一切上がらない。

カンボジアも同じで、他国の政治についてどうこういうのはあまりよくないですが、あの「賄賂社会」をどうにかしないとなんともならないでしょう。
どうせなら選挙を運営する世界機構みたいなのができればいいのに。
選挙のやり方はその国にまかせて、集計等の数字を扱う仕事は完全に中立した人達が扱う制度とかね。
まぁ絶対実現しないとは思うんだけど、そういう思考の方向性って大事だと思います。


結論。
感情は捨てちゃダメです。
それは人としての行き方を捨てるのと同じだから。
理性を捨てちゃダメです。
本当の問題を見えにくくするから。
「人と付き合う時は感情的に、社会と付き合うときは理性的に」
感情と理性は全く別の道具として取り扱うことで、よりよい社会の礎ができると思います。


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2009.01.12 (Mon)

男の料理

去年の4月から1人暮らしを始め、5月くらいから自炊をやっていますが、いまだ継続しています。
おいしく料理を作ることを目標にしずに、ただひたすらに継続を目標にしてきたことが成功の鍵でしょうか。
もともとバイトで料理を作っていたから基礎みたいなのがあったのが大きな要因の1つでもあるでしょうね。
年末、バイト先にいってバイトの先輩達に会ったらやはり全員自炊してました(みんな男)!
さすが、うちのバイターは料理レベルが高いですね。
しかも、自分の場合は料理ができるだけで「得意」とはとてもいえないですが、先輩達はやたらうまいんですよね。
バイトのまかないで先輩が時間があるからと、その場で手作りコロッケを作ってくれたのには驚いたもんです。
ちなみに、これだけ読むと料理のお店で働いてるようにみえますが、実際にはジャズのライブをやるお店で一応バーテンなんです。
バーテンが作るコロッケ…貴重ですね(笑)

今どきは男が料理を作ること自体は特別なことではなくなってきていますよね。
それでも料理ができない男は多いだろうけど、ってか女性でも多いでしょうね。
自分の考えとして「男も女も料理はできなきゃいかん」と思うわけです。
単純な発想としては「自分が食べるもんくらい自分で作る」というものがありますが、そこから飛躍して夫婦共働きに対応するため両方とも作れるとよい、と思うわけです。
自分は「夫婦共働き」に大賛成であり、むしろ主婦・主夫は特別な状態のときしかダメだと思います。
はっきり言って共働きは利点だらけ。
例えば金銭面。
年収にして800万円稼げばかなりいい額だと思うわけですが(人にもよると思うけど一般的な金銭感覚としてこれくらいだと思う)、これを1人で稼ぐのと2人で稼ぐのではだいぶ違いますよね。
2人なら(税金分は考慮せず)400万ずつ稼げばいいわけですから、無理な残業をしずに、また本当にやりたい仕事に就ける可能性も高まります(つまりやりたいけれど金にはなりにくいこと)。
残業をしない分、家族の時間、趣味の時間、将来に向けた勉強の時間に費やせる時間が増え、人生が豊かになると思います。
お金は生活基盤を築くために絶対必要なものですが、そこに縛られないことは人生を豊かにするために不可欠だと思います。
お金があるから幸せなんじゃなく、お金を稼ぐことにより衣食住といった生活基盤が確保でき、そこに家族・友人・恋人・趣味などなどが加わることで始めて幸せが手に入るんじゃないでしょうか。
だからこの衣食住にどの程度を求めるかは人により、さっきの800万はなんとなく書いた数値なので自分なりの数値を求めればいいんじゃないでしょうか。

んで話を戻しますが、最近は料理をする習慣がバッチリ身についたのでさらにステップアップしておいしくしたい!レパートリーを増やしたいと思うようになりました。
今までは、バイトの経験+感です(笑)
スーパーにいって、これとこれを組み合わせて、この味付けにするとうまい気がする、みたいなノリで作ってました。
だから1ヶ月毎日作ったとして20日は普通、5日はやたらまずい、5日はやたらうまいって感じでした。
でもこの平均を上に押し上げたい!と最近では思うようになり、少しずつ違ったものを作るようになりました(今までは基本炒めもの)。

まず1番目はペンネのアラビアータ
パスタをソースから作りたいという願望が前からあったので1番好きなのに挑戦してみました。
っといってもトマトからつくるんじゃなく、瓶詰めのトマトペーストを使用しました。
でもこれ、本当に美味しく作るのって意外と難しいですね。
いつもレシピを見ずに作るのが悪い癖なんですが、後で調べたらニンニクなんて使ってたんですね。
なんか味に深みがやたらないな、と思っていたんですがそのせいでしょうか?
未だにうまくいってないので誰かコツを教えてください…。

最近はまったのはコンソメを使った野菜スープ。
野菜は好きなのでけっこうとる、というより肉より野菜ばっか食べてますが非常に簡単で便利ですね。
野菜をコンソメで煮るだけ!それでうまい!
きっかけはスーパーに置いてあったロールキャベツなんですが、コンソメで煮ろ!書いてある通りに作ったらうまかったんですよね~。
この「ロールキャベツを買う」という行為は自炊なのかどうか微妙なラインではありますが…。
ただ、コンソメはいろんな種類があるから、野菜のバリエーション+コンソメで幅が増えますね。
でも、自分の好きなキノコである舞茸を入れたら鍋っぽくなったので注意が必要です…。

そしてめっきり寒くなった最近は、ふとシチューが食べたくなって作って見ました。
シチューなんて誰でも作れるじゃん!と思ってるあなたはその通り!簡単においしくできました!
量もあるし、簡単だし、仕事をしてる人にはもってこいの料理ですね。


まだまだバリエーションが少ないので簡単で・手早く・美味しく作れる料理を開拓していこうと思います!
14:06  |  未分類  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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