*All archives   *Admin

2010.02.07 (Sun)

フラガール、感動しました

たった今、映画「フラガール」を見終わりました。
映画館で上映されていた時は全然興味を持たなかったのですがテレビでやっていたので一応見てみました。
その一応がよかった。
はっきりいってとてもよい映画です!感動しました!

ではストーリー

昭和40年。
福島県いわき市の常盤炭鉱も、他の炭鉱の例にもれず閉山へ向けて加速していた。
石炭から石油へのエネルギー革命が押し進んできたためだ。
そこで炭鉱会社は豊富な温泉資源を有効利用しようと、レジャー施設・常磐ハワイアンセンター建設の構想を打ち立てる。
炭鉱町の娘・早苗は自分の道を切り開くためにダンサー募集に幼馴染の紀美子を誘って応募する。
都会から呼び寄せられたダンサー教師・平山まどかのもと、フラガールになるべく数々の困難を乗り越えて練習し、常磐ハワイアンセンターオープン初日を迎える。


ちなみにこの映画は実話を基にして作られたそうです。





これ以降だいぶネタばれがあるので見ようと思っている方は見てから読んでくださいね。





この映画はまさに時代の転換期のなかでの人々を描いた映画です。
石炭から石油へとエネルギーの転換が迫られ次々と炭鉱が潰れている。
常磐炭鉱でも大幅な人員削減の波が押し寄せ人々は戸惑うばかり。
「30年間勤めて最後は紙切れ1枚か!」と叫ぶ姿は今の時代にも通じるものがあるかもしれません。
そんな炭鉱を救うべく「フラガールズ」を結成して観光の街にしようという試みが始まりました。
しかし、今まで炭鉱の中で命がけで働いてきた人々にとってそれはあまりに受け入れがたいものです。

「裸みたいなかっこうで踊ってお金をもらうなんて考えられない」

厳しい環境の中生きてきた人たちにとっては踊りというものが仕事ではなく遊びにしか見えなかったんでしょう。
しかし、数人の女性達は「この環境から抜け出したい」と必死に練習を始めました。
その中の1人が主人公「紀美子」です。
紀美子は幼馴染に誘われただけなので最初は本気ではありませんが、徐々にのめりこみ必死になっていきます。
だけど残念ながら母親はそんな娘を受け入れることはできません。
その母親にとって女とは「命がけで炭鉱で働く男を支えるための存在」だったのです。
事実、父親は炭鉱の中で命を落としています。
その結果、紀美子は家を飛び出してそれでも必死に踊りの練習を続けていきます。

月日も過ぎて紀美子達は外に飛び出て踊りを見せるぐらいに上達しました。
そんなある日、引越しした幼馴染から荷物が届いたため母親がフラダンスの練習場をたずねてきました。
そこで母親は初めて1人フラダンスを練習する紀美子を見るのです。
そこで目にしたものは「遊び」と考えていたものとは全く違って必死に汗をかき真剣に練習する紀美子の姿だったのです。

話は変わり少し前にハワイアンセンターの建設のため「ヤシの木」を植えていました。
ハワイといえばやっぱりヤシの木ですよね。
しかし、寒い北の土地ですから暖房装置を使う必要があるのですが、どうも設備が間に合っていません。
そのため担当者がみんなに必死にストーブを貸してくれるよう頼んでいます。
だけどみんなは未だに観光化に抵抗があるためとりあってもらえません。
「こんな北の寒い土地でそんなもんできるわけないだろ」と担当者を足蹴にしています。


すると母親が各家を回ってストーブを集めているではないですか!
男達は困惑します。
「婦人会の代表者であるあなたがなんでそんなことするのか!?」
そして母親はこう叫ぶんです。


「今まで仕事つぅーのは、暗い穴の中で、歯食いしばって死ぬが生きるがで、やるもんだど思っでだ。だげど、あっだ風に踊って人様に喜んでもらえる仕事があっでも、ええんでねぇが?オラには、もう無理だげんど、あの娘らなら、みんな笑顔で働けるそっだ、新しい時代、作れるかもしれねぇって」



このセリフ、とっても感動しました!!!
泣けるシーンはけっこうある映画だと思いますが、このセリフは本当に琴線に触れるものでした。
このセリフを紹介したいがために必死でストーリーを掻い摘んで説明してみたんですが伝わったでしょうか?


このセリフは本当に深いですよね。
単純に娘の姿に母親が動かされて感動した、とかそんな浅いレベルではないと思います。
いつの時代も変遷の時期にいる人々というのは今までの価値観が崩れる非常に辛い時期を経験することになります。
昔は石炭が黒いダイヤモンドと呼ばれ掘れば掘るほど金になる、そんな時代でした。
しかし、月日は流れてその価値は目減りする一方であり村には閉塞間が漂っているわけです。
それでも昔のあり方にしがみつきたいと思ってしまうのが人間、というか生き物は基本的に保守的であり仕方ありません。
そんな中でも「新しい時代」を生きるために必死になっている人々が現れた、その象徴が「フラガールズ」だったわけです。
そんな背景が全部つまったセリフだったと思います。

そしてこのセリフは今の時代でも十分通用するものになりました。
急速なグローバル化にともない産業構造に大きな変化が生まれています。
しかし、「ものつくり神話」から脱することのできない日本は「IT」、映画でいうフラガールを受け入れられないでいます。
法律上は「検索エンジン」ですら違法って言うから本当に時代錯誤も甚だしい。
私のいる「バイオテクノロジー」の世界でも根拠のない「遺伝子組換えアレルギー」により貴重な遺伝資源は危機にさらされているといっていいでしょう。
iPS細胞も日本発の技術なのに今ではアメリカ:日本=10:1くらいの差がついているそうです。
またノーベル賞をとった技術「タンパク質の構造解析」も確かヨーロッパの企業に「産業レベル」で完全に成果をとられた模様です。


新しい時代に抵抗する人はいつの時代もいるようです。
しかし、抵抗を感じるだけならいいですが挑戦している人達を邪魔する行為だけは絶対にして欲しくない。
少なくとも今の時代は「大企業に入って安泰」なんてことは全くありません。
どこの業界も既得権を守ることに必死ですが、グローバルな競争の波を止めることはできないので守れば守るほど日本は沈んでいくようです。
そうならないためにも紀美子の母親のように気持ちを切り替えて叫ぶ必要がある。

「新しい時代が、作れるかもしれない」って。



本当に素晴らしい映画だと思います。
是非一度ご鑑賞あれ。
00:32  |  映画  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.02.03 (Wed)

理系のTPO

理系と文系の違いってよく話題になりますよね。
今日はそんなお話です。


理系の会話がわからない


私は高校の2年生になって文理の選択がありそれ以来ずっと理系できています。
なので周りにいるのも当然理系ばかりだしあまり自分自身が「理系であること」を意識したことはありませんでした。
っというよりも理系たる自分になったのは大学で研究室に配属され、院生になってぐらいからだったような気がします。
それまでは例えば中学高校ならテストで点がとれるのが数学や理科だったりとかその程度の認識しかなかったように思います。


リンク先のエントリーでは「理系の話が理屈っぽいのはなぜ?」というテーマでとりあげており、その結論を下記のように要約しています。


「正確さを求めるあまり、あいまいな表現ができず、
前提条件を確認せずには話を進められない」
というのが理系の人の特徴ならば、
それはやはり「理屈っぽい」のかもしれません。



まぁここで理系人なら突っ込みますよね。

正確さを求めないで何を求めるんだ!?

理系の仕事で正確さを求めない仕事はないでしょう。
プログラミングなら1語違えば動かないんだろうし、化学反応なら量が適当だと再現性がとれない。
理系にとって「正確」というのは当たり前すぎてそこを批判されるのは意味がわからないです。
私がやっているバイオの分野では常に様々な「前提条件」を加味しながら「○○という条件において反応をさせると結果は○○となる」、「ただし、○○という要因があるため必ずしも結果は○○にならない」みたいな回りくどい話を毎日のようにしてます。
それらを繰り返して「普遍性があること・ないこと」を見出していくのが仕事の1つかなと思っています。
だから仕事モードの時に「感覚」で話しかけられるとだいぶ相手をへこますことになります。
「それは理屈にあっていない」「論理的におかしい」「話に筋が通っていない」とか平気でガンガン言っちゃったりします。
感覚で仕事をされると失敗する場合がほとんどなので意味のない周り道をしないためにもやはり「正確さ」はこの上ないほど重要です。



しかし、これはあくまで「仕事」の話。
プライベートなら別で「仕事以外に正確さを求めるのはうっとうしい」という思いは私も一緒です。
ただ楽しくしゃべってるだけなのにいちいちつっこむような「理系トーク」は確かに理屈っぽいしうっとうしいことでしょう。
私自身がそういう話し方が嫌いなのでプライベートでは極力軽く話すようにしています。
それでも「正確さへのこだわり」が時々顔をだしたりするわけで…まぁ職業病ですね。
たまにでる分には「ご愛嬌」で許してもらいたいもんですが、やはり毎回だす人とはプライベートで付き合いたくないもんです。
っといいながら影で「あいつは理屈っぽい」とか言われてるかもしれませんが…。



結局何が大事かというと「正確さ」と「あいまいさ」を意識して使いこなすということだと思います。
いつも思っていますが常に100点を取る必要はありません。
60点でいいなら60点でいいんです。
変な言い方ですが60点をとることが100点な場合は多々あります。
今必要なのは「正確さ」か「あいまいさ」か判断して使いこなせるレベルに達するのはなかなか難しいですが、そういうバランス感覚を大事にしていきたいと思います。

21:24  |  その他  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.01.30 (Sat)

大学での論文とメーカーでの論文

研究に欠かせないツールとして「オンライン論文」があります。
論文は「Nature」や「Sciense」などの雑誌として公表されますが近年はその利用方法はオンラインがほとんどでしょう。
Pudmedなどで論文検索してオンラインのまま読んでもいいしpdfを印刷して手に入れてもいいし、とにかくオンラインを通じないと始まらないという状態です。
私が大学でに研究室に配属された頃にはすでにオンラインは当たり前だったのですが、昔は雑誌1つ1つから探してコピーとかしていたんだなと考えると相当便利になったんですね。
そんなオンラインについて下記のような情報がありました。

オンライン雑誌の価格が上がり続けている

オンライン雑誌の値段なんて全然意識したことがなかったんですが相当高いようですね。
東京大学は年間約10億ということですから、小さな大学ではとても手が届きません。
値段が上がった背景もなんだか怪しいようですが…やっぱり独占業ってのは強いみたいです。

このオンラインはどれだけ包括的に契約しているかで利用が違います。
大学時代は最新論文がほとんど読めなかったので新しい論文は「複写依頼」を行って1つ1つ手に入れていました。
前のメーカーではさらに論文が読めずになかなかうっとうしい思いをしたものです。
そして今の研究所では独立法人化したものの昔は国の機関だったのでさすがというところでしょうか、ほとんどの論文を読むことが出来ます。
これらの違いは本当に大きなもので、自分のやっている研究の最新情報にストレスなくアクセスできるというのはかなりの強みです。
やっていることが被っていたりしたら最悪なので日々チェックしながら自分がその分野のどの位置にいるのかを確認しているわけです。



そんな論文なんですがどうも最近は大学とメーカーでは捉え方がだいぶ違うなという思いをもっています。
大学は一般的なイメージとして当然論文に対する見識は深いように思えますが、実は以外とそうではないようです。
どういうことかというと上記した「その分野のどの位置にいるか」という感覚が抜けているように感じます。
大学としては「ようは自分のやっていることが通ればよい」という意識をもっているようで、仕事の仕方としては「とにかく縦に深い穴を掘り続ける」というイメージです。
対してメーカーでは「特許」という大事な目的があるので研究開発を行う際に「その分野のどの位置にいるか」というのは生命線です。
もし何億もかけた研究が他と被っていて特許が通らなければ無駄金になります。
それを避けるために研究開発を始める前に徹底的にリーサーチを行いどこに「穴」があるのかを探すわけです。
大学が縦に穴を掘っているとするなら、メーカーは横へ横へとリーサーチをかけて穴が開いていない場所を探すというイメージでしょうか。
ですから以外と大学の先生はある分野にいたとしても、ほんの少し横にずれるだけで「それはわからない」ということが多いようです。


この後の話はだいぶ感覚的というかそれぞれの趣味の問題になりますが、どちらが好きかと言われればやはり後者です。
これらのことは社会に出てからはっきりと自覚できたんですが、やはり博士に進まなくて正解だったかも…。
日本では博士から大学・研究機関以外への道はゼロではなくてもやはり厳しいようですからね。


というわけで、これからも「商売」の世界で研究をやっていきたいと思います。
10:38  |  仕事  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2010.01.28 (Thu)

iPad

Appleから新しい製品が発表されました!

Apple、タブレット型コンピュータ「iPad」発表、499ドルから

私はiPodユーザーですが使っている型は非常に古いです。
なんと第3世代!使っている人を見たことがありません。
なのでiPod touchが欲しいなぁ、とずっと思っていたのですが買わずにここまで来ていたらちょっと種類は違うもののまた新しいものがでましたね。
新しいもの好きってわけではないのですが、基本的には新しい情報がでたらすぐチェックするようにはしています。
少なくともネットブックを買うくらいなら絶対こっちの方がかっこよくて便利でオシャレですね〜。


最近は本当に新しいITサービスがどんどんでてきています。
振込みはネットでできるから最近は銀行になんて行く必要がないし、音楽も映画もネットで買えるし、年賀状ですらネットで対応可能です。
これらのスピードには若い人でもついてきていない人が多く、最近は「ITリテラシー」なんて言葉もありますよね。
ITサービスを使いこなせる人と使いこなせない人とでは思っている以上に差があります。
ある人には当たり前のサービスが、それを知らないでめんどうなことをずっと続けているってのは不毛なものです。


新しいITサービスの恩恵にあずかるには常に情報を手に入れるように心がけていないとできないものです。
この変遷の早い時代に若い世代でついていけないというのはこの先の人生を投げているようなものだと感じます。
「そんなものなくてもなんとかなる」と思っている人は少なくともビジネスマン失格なのは確実でしょう。
ITのことを何も知らない経営陣が「わが社にもITシステムを!」とか言ってるからうまくいかない、というのはよく聞かれる話です。
まぁ5、60代の方々が知らなくてもしょうがないかなと思いますが少なくとも若い世代は知っていて当然の世代ですよね。
それでも、「Twitter」すら知らない若い人がけっこういることに驚かされます。
新しいものが必ず良いわけではありませんが、「常に最新の情報に触れる」という気持ちはもっているべきでしょう。


それにしても新しいPCを買おうと思っていたんですがこれは本気で迷うな…。
電車移動とかけっこう多いけどこれがあれば最高ですしね。
まだ情報が一次的なものしかないので色々でてきしだい決めるとしますか。
23:27  |  パソコン  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2010.01.27 (Wed)

今年1番の映画!

私は映画が好きでよく見るんですが、今年のお勧めはなんといっても「アバター」でしょう!
「今年の」とすでに銘打ってしまいましたがそのくらい面白かったんです。

アバターの一番のよさはなんといっても「映像美」これにつきます。
設定が地球外の惑星の話なので何をやってもOKなわけですが、これでもかというぐらい自然が綺麗なんです。
夜になると森の中は光る植物で埋め尽くされてどんな夜景も敵わないくらい美しい。
動物との交流も地球の生態系では考えられないようなコミュニケーション方法をとり本当に自然と一体になっています。
私自身が農学部出身で自然が大好きなので本当に羨ましかったです!

また、ストーリーも面白いですね。
発想としは「マトリックス」を連想させるもので、機械の中に入ってその惑星の人間型生物と人間のDNAを組み合わせて作られた「アバター」となり活動します。
そして惑星の原住民と言えるような存在とコンタクトを取っていきますが、その流れがベタであるものの面白い!
たぶん新しすぎる「完全3D」という映像を「ベタなストーリー」が中和してくれるんじゃないかと思います。
ネタばれするのであまり書きませんがストーリー事態は非常にわかりやすく感情移入もしやすいので感動もあります。

つまり「マトリックス」や「ロードオブザリング」「ハリーポッター」のいい要素を全部入れたような映画ではないでしょうか!

そしてこの映画は3D上映もしています。
3Dメガネをかけてみるとまるで自分がその場にいるような臨場感があり、アメリカでは「アバター鬱」なるものがあるそうです。

リアルすぎて現実に嫌気「アバター鬱」続出ってホント!?

他にもこの映画を見ていて興奮しすぎて亡くなった人がでたなど噂はたえませんがそれくらい凄い映画だってことでしょう。

そして1つ問題が…映画を見た後に3D上映の存在を知りました…。
といっても最初から知っていたとしても普通のバージョンを見ていたような気がします。
しかし、あの映画を知った今となってはなんとなく心がざわつきますね。
心の奥で言っています「3D上映を見ないと後悔する…」と。
こういう心の声には従った方が良さそうです。
さっそく近いうちに見に行くとしましょう!


映画「アバター」見ないと絶対後悔します!
21:46  |  映画  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |  NEXT